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本と映画と政治の批評
by thessalonike5


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新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論
新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_1255288.jpg今日(10/22)の朝日新聞の2面記事にも出ているが、世界金融危機への対応をめぐって、英国のブラウン首相とフランスのサルコジ大統領が対策競争を演じている。政府の介入の必要を主張して真っ先に主要銀行に大量の公的資金を注入したのはブラウン首相で、欧州各国がその政策に続き、米国が最後に従った。サルコジ大統領の方は後手に回る米ブッシュ大統領の尻を叩き、欧州や世界が首脳会議を開く中心に位置する立ち回りに躍起で、毎度マスコミに露出して「主導権発揮」を必死に演出している。その英仏両指導者の対策競争の中でキーワードとなっているのが、「新プレトンウッズ」である。田中宇の10/17の記事で説明されているが、特に欧州の主要国の中で、これまでのドル一極支配体制に代わる新しい世界金融秩序が必要であるという認識が広がり、新しい構想の設計に向けて胎動と助走が始まっている。年末までの論議の焦点は、IMF体制の再編成に関するもので、ユーロや円や人民元を取り込んでIMFを安定化させようという提案の中身に関心が集まっている。



新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_12552539.jpgインドのシン首相はデリーで日本記者団と会見、IMFによる緊急融資へのインドの協力を表明した上で、G7主導ではなく新興国を含めた新しい国際通貨体制の枠組み作りの必要性を強調、その発言が10/21の日経8面に載っている。インド経済は、金融危機で国内株価が暴落し、決して状態が堅調とは言えず、外貨準備高も3千億ドルの規模だが、この発言はインドの強気を意味するもので、IMF融資への協力に慎重な中国の姿勢を動かす効果があると観測されている。新しい世界金融秩序がドル以外の通貨と新興国を包含した構成になるのは必至で、今後は新興国の意思がIMFの政策決定に反映される。想像するに、暫くの間は、欧州が米国と新興国の利害対立の間隙に入って立ち回り、IMFの意思決定を調整する操縦桿を握ろうとするだろう。いずれにせよ、米国がドル経済の都合のために世界金融を自在に制御支配できる時代は終焉を迎えた。通貨多極化と新興国参加によるIMFの体制再編と並んで、「新プレトンウッズ」の構想の中で試論的な展望として浮上してくるのが金本位制の復活である。

新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_12562061.jpg金本位制の下では、一国の通貨は金と兌換される。その国が貿易赤字になると、その国の通貨は弱くなり、保有する金が海外に流出する。金が流出すると、その国の通貨流通量が減り、デフレになって物価が下落する。物価下落はその国の国際競争力を高める方向に作用し、貿易収支の改善を促し、再び金保有量を増加させる。このように、通貨が金とリンクしながら国際収支によって価値(比較競争力)が上下することで、自動的に各国通貨の国際均衡が維持され、合理的で予定調和的な世界金融のメカニズムが機能していた(『マネー敗戦』 P.27)。戦後のブレトンウッズ体制の下では、「金ドル本位制」と呼ばれる変則的な金本位制が採用され、米国は各国の中央銀行に対して保有するドルを金に交換する義務を負っていた。ドルと金がリンクし、各国通貨がドルとリンクすることで固定相場制が維持され、最終的には世界経済が金の量に根拠づけられて、生産価値の安定と均衡が確信され前提される仕組みが動いていた。その安定的世界が71年8月のニクソン・ショックで破れる。米国は金とドルの交換停止を発表、世界は変動相場制の時代に入る。

新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_12571078.jpg金に代わってドルが世界貨幣となった。この意味は今でも実はよく理解できない。世界貨幣と国際基準通貨は違う。71年8月以前、世界貨幣は金であり、基準通貨はドルであった。1944年のブレトンウッズ会議以前、世界貨幣は金であり、基軸通貨はポンドであった。71年8月以降、世界貨幣も基軸通貨もドルになった。米FRBが自由にマスプリントする紙幣が金と同じ世界貨幣の役割を果たすことができるのだろうか。個々の生産者によって生産される商品の価値を表現するはずの貨幣が、そうした生産とは無関係な意思で印刷される米ドル紙幣に最終的に根拠づけられるというシステムは成立するのだろうか。中学高校の教科書と授業は、その辺りの問題を「管理通貨制」の新しい進展と形式と説明していたが、私は聞きながらよくわからず、教える教師も説明に苦しんでいる様子だった。大学に入り、教養で経済学の講義を受けたとき、教官は「歴史的に唯一の貨幣は金である」と繰り返し言っていた。その結論に至るまで、あの資本論の難解な価値形態論の思弁的議論が延々と続き、大脳が腸捻転を起こすかと思うほど七転八倒した後で、この簡潔な結論が投げ与えられていた。

新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_12585911.jpgすでに金本位制は地上から消滅していたが、マルクス経済学者の確信と信念を講義で世界に投擲するように、情念を迸らせて、自らを納得させるように、「歴史的に唯一の貨幣は金である」という断固たる結論が発せられ、われわれ学生はその言葉をノートに録った。それは、資本主義は必ずそこ(金本位制)に還るのだという主張の宣言であり、本質から離れた現象が再び本質の下に回帰するという学問的な展望と執念の表明であるように聞こえた。ヘーゲルを引き継いだマルクスの理論では、経済学においても本質と現象の方法が問題を説明する鍵になる。そして、その貨幣論は、不換紙幣となったドルを世界貨幣とする制度と現実の不合理と逸脱に対する渾身のプロテストでもあった。教養部の経済学の教官は気迫の人で、一回の講義で体重が5キロくらい減りそうな情熱的な講義を演じ、学生からとても人気があった。われわれの世代が、大学でそのような通貨論の講義を受けた最後の世代かも知れない。けれども、眼前の状況はそのマルクス経済学者の信念と予言を成就させ的中させるように動いている。価値の実体的根拠のない信用創造の膨張は、ドルを世界貨幣として通用させた原点に全ての矛盾があるはずだ。

新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_12591499.jpg朝日新聞の10/17の紙面(3面)に、岩井克人が「資本主義は本質的に不安定」と論じた長い記事が載っている。岩井克人の議論では、そもそも貨幣には投機的性格が本来的で、貨幣そのものに本質的に価値はなく、それを何かと交換するときに、受け取る相手が価値があると思っているから、言わば共同幻想によって価値が成立しているのであり、貨幣自体が投機なのだと説明する。この岩井克人の議論は、確かにシェークスピアの『アテネのタイモン』を引いて貨幣の本質を洞察するマルクスの貨幣論の入り口を思想的に受け継いでいるが、経済学の理論としてはかなり違う。マルクスは資本論の中で貨幣には本質的に価値はないなどとは言っていない。逆のはずだ。価値形態論で説明される貨幣は、人類がどのようにして一般的価値形態を普遍化させて行ったかということで、あらゆる商品と交換可能な等価形態を実現する貨幣が選ばれて行ったかということである。すなわち、貨幣はもともと商品の一つであり、それ自身が有用な価値を持っていなくてはならず、相手の商品の価値の写し身として最適な商品が歴史的に選ばれて普遍的な貨幣形態となるのである。金は貴金属としてそれ自身に価値を持っていて、同時に相手の商品の価値形態として機能する。

新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_1362476.jpg資本論の貨幣論は金本位制を弁証するものだが、岩井克人の貨幣論は金本位制を導出する議論になっていない。マルクスの貨幣論が基準原理的であるのに対して、岩井克人の貨幣論は現象論的で、金本位制という過去の経済史を踏まえ、そして経済学が政策のための社会科学である基本に立ったとき、やや無責任な議論に聞こえる。レバレッジや証券化商品の「金融工学」で実体経済から離れてイリーガルな信用を膨張させた失敗と過誤の反省に立ち、その有害性や危険性について正しく認識を持つなら、信用貨幣の無限暴走を自動抑制する仕組みを具体的に考えることが必要で、それはやはり、何らか有限性を持ち、それ自身が交換商品と等価な普遍的価値を持ち、携帯性や耐久性や保存性に優れた商品を世界貨幣として据え直すという発想を基礎に置くしかないのではないか。紙幣そのものは紙であり、商品としての価値を内在させていない。それに価値があると言うのは欺瞞である。貨幣が商品としての本来性を取り戻し、労働の生産物の価値を表現する等価形態として錨づけられるとき、その安定的な予定調和を人々が確信し観念できるとき、資本主義は正常に機能する根拠を得て、実体経済に合理的な成長と均衡を齎すと言えるのではないか。歴史に就けば、経済学の結論はそうなる。

今後の「新プレトンウッズ」の議論に注目したい。
新ブレトンウッズ構想と金本位制 - 岩井克人の貨幣本質投機論_b0090336_130924.jpg

by thessalonike5 | 2008-10-22 23:30 | 世界金融危機
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