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説明ができない、説得もできない、決断はできない、常識もない
資質に不適格な総理大臣が何人も続いている。しかもその不適格さの様相は惨絶の度を増すばかりで、外国から見ている人たちには、何で日本人はこんな指導者を選ぶのだろうと不思議に思われているだろう。日本はミステリアス。麻生首相の資質不全の一つは、説明ができないことである。説明ができない。そして説得ができない。自分の政治的な判断や行為について、あるいは判断や行為の回避や撤回や結果の不具合について説明ができない。説明と説得は政治家の基本だが、彼の場合は、これまでの人生の中で説明と説得を人に対してするという経験や訓練を全くやっていないように見える。自分の行動や判断を人に説明せずにこれまで生きてきた。それが許され、それを押し通すことができた。周囲との関係で常に絶対的な権力を持ち、それを振りかざすことで説明を逃げることができたのである。それは安倍晋三も福田康夫も同じだったが、個性によって対応がそれぞれ違っていた。そうした対応が露わになる「官邸ぶら下がり」の記者団とのやり取りを思い返すと、3人の違いは次のようになる。

安倍晋三の場合は、国民の目を異常に気にして、「国民に人気がある」という既成事実を守るべく必死に立ち回り、記者に対するあからさまな暴言は控えつつ、裏で権力を使って気に入らない記者を排除し、テレビに手を回して御用評論家や右翼キャスターにヨイショ発言を言わせていた。マスコミで少しでも安倍批判をする人間にはすぐに圧力をかけ、訴訟を乱発して言論による批判を封じるべく躍起になった。3人の中ではマスコミ対策に最も熱心で、北朝鮮的な言論体制を固めることで自己の権威と権力を守ろうとした。暴言には慎重だったが、頭がよくなかったために説明と説得の詭弁の中身は綻びが目立ち、その弱点が視線と表情にすぐに現れ、感情を乱して、さらに説明の醜態を曝け出す結果になっていた。福田康夫の場合は、能力不足の自覚が自信の無さとして現れていて、記者に皮肉で応酬するときも顔をひきつらせることが多かった。が、安倍晋三のように権力を使った陰湿な言論統制や礼賛演出はやらなかったし、自ら無能を自覚したところがあり、劣等感に悩む内面を持っていた点が他の二人との違いになる。空気は読めていた。

点数をつければ、安倍晋三と麻生太郎は0点で、福田康夫は20点。低姿勢と対中外交の実績は評価できるだろう。麻生首相は安倍晋三のように権力を使って卑劣な言論統制をする真似はしないが、その代わりに、公の場でまさかと思うような非常識な発言をし、愚劣な権力者の態度を露骨に振る舞う。テレビカメラの前で記者を挑発し、汚い言葉で喧嘩を売って言いがかりをつけ、無理やり相手を捻じ伏せようとする。これほどの醜態は安倍晋三も福田康夫もやらなかったし、衝動があってもできなかった。麻生首相のこうした記者挑発の態度は本来的なもので、首相になる前から目立っていたが、攻撃対象が朝日新聞だったから、右派系のマスコミが歓迎し、そうした傍若無人と社会常識の欠如を「本音の保守政治家」の表象で評価して、わざと無理に「人気」を醸成していたところがある。記者に言いがかりをつければ、それが保守世論の「人気」で返って来るものだから、麻生首相は調子に乗ってその手法を繰り返していた。今回、産経と日経が麻生離れに出たことは興味深い。業を煮やしたというのが実相なのだろう。反省しなければならないのは、こういう政治家を持ち上げていた保守マスコミだ。

麻生首相は説明ができない。そして説得ができない。頭が悪いから、相手の批判や突っ込みに対して、正面から反論することも詭弁で逃げることもできない。脅しと嫌みと難癖で記者を呆気にとらせて黙らせるしかなく、無能さと未熟さが際立っている。それから、説明と説得ができないだけでなく、政治家としての決定や決断ができない。例えば、給付金問題もそうだし、道路財源の1兆円問題もそうだ。中身を決める(スペシファイする)と、具体的な利害や不具合が発生して調整が必要になる。調整するのが面倒だから丸投げと先送りで済ませる。つまり責任をとらない。無責任で済ませて、周囲に気を揉ませ、時間だけを浪費するのである。給付金問題については未だに決着がついておらず、通常国会の二次補正と関連法案の審議の時点でまた悶着があるだろう。自分の政策に責任をとらない。今後、予算を詰める段階で、似たような問題がさらに次々と発生しそうな予感がする。決断しなければいけない問題を先送りしようとして、与党や官僚と揉めるのではないか。例えば、中期プログラムの消費税の扱いがある。「官僚と揉める」と書くと、一見分かりにくいと思われるが、具体的には官僚の代弁者であるマスコミに叩かれるという意味である。

官僚は表に顔を出さない。表に顔は出さないが、官僚の主張は新聞とマスコミがそのまま「国民の声」として発言する。朝日の社説やNHKのキャスターの主張が官僚の主張であり、マスコミが麻生首相を叩けば、それはすなわち官僚が麻生首相を叩いているのである。消費税増税を2011年から実施すると言えと迫っているのだ。それから、麻生首相にはブレーンがいない。ブレーンというのは助言者だが、この存在が彼の周囲にはいない。これまで助言者なしの人生で通してきて、ここまで成功してきたのだから、今さらその必要を感じないのだろう。政治家としての麻生首相は、自民党の中で苦労して自分の派閥を大きくした経験を持っていない。麻生グループは河野グループのお下がりだが、10名足らずの小さな集団で、総裁を出すような大勢の子分を養って抱える派閥ではなく、権力には無縁で無責任な議員が集まる周辺的な存在に過ぎなかった。麻生首相を抜擢したのは小泉純一郎で、ポスト小泉の一角に仕立ててもらったおかげで、特に苦労せずに総裁選の常連になり、成り行きで総裁の座を射止めたと言える。ブレーンを持つということは、助言者と信頼関係があり、耳を傾けるということであり、自分の持ってない力を自分の力にするということを意味する。

中曽根康弘は、あれほど有能な政治家だったが、多くのブレーンがいて、ブレーンのサポートでさらに自己の政治のスケールを大きくすることに成功していた。浅利慶太、梅原猛、香山健一、佐藤誠三郎、公文俊平。家康にとっての天海や崇伝のような悪知恵の参謀を周囲に侍らせていた。ブレーンの不在は、麻生首相が自らブレーンを不要としているためで、内閣の組閣と同様、自分が一切を仕切る能力を持っていると自惚れているのである。漢字の読み間違いも、今回に始まったことではなく、以前から正確に読む国語力を持っていなかったと思われるが、それを嗜めて諭す人間がおらず、諫言する人間がいても耳を貸さなかったのに違いない。殿様だから、うるさいと言って嫌味を言っていれば済んだのだ。麻生首相は、恐らく新聞を読んでいない。読む必要を感じてないのだろう。テレビのニュースも見ていない。見る必要を感じてないからだ。新聞もテレビも要らない人間がブレーンを必要とする道理がない。説明せず、説得せず、決定を下さず、責任をとらず、ブレーンのいないこの首相は、しかしただ一つの政治を必死にやっている。それは、政権を一日一日と延命させ、その寿命を来年9月まで引っ張ることである。政策決定を先送りにしているのは、政権延命の効果があるからだ。

麻生首相という現実を見ながら、私は日本の政治の異常だと思い、憂鬱な気分を濃くするが、この人物が保守系のマスコミに持ち上げられ、人気キャラクターのように扱われ、それに呼応した日本国民が多くいたことは事実である。そして、野党の党首の小沢一郎を見ても、人格的未熟性においては特に変わるところはないのだ。同じように殿様で、説明が苦手で、説得ができず、政策能力がなく、責任感覚がなく、ブレーンを持っていない。記者会見の席でよく悶着を起こすし、本会議の議決に欠席するという非常識も再々やっている。久米宏が最近のテレビ番組で言っていたように、仮に民主党が選挙に勝っても、小沢一郎は首班指名を受けず、健康を理由に別の誰かを飾りの総理に立てて闇将軍になるに違いないが、仮に小沢一郎が首相になった場合を想定したとき、その「官邸ぶら下がり」はどれほど悲惨なものになるだろう。恐らく、小沢一郎は「官邸ぶら下がり」に耐えられず、橋本龍太郎や森喜朗と同じように、それを一方的に中止するに違いない。どちらが好いか悪いかは別にして、同じ殿様のメンタリティーでも、小沢一郎は橋本龍太郎や森喜朗や福田康夫のそれに近く、安倍晋三や麻生太郎ほど世代的に新しくない。テレビで派手に立ち回って人気を稼ごうというポピュリストの意欲や自信を持っていない。

しかし、思うことだが、麻生首相的な範疇の跳梁は、政治だけでなく、日本中の社会現象なのではあるまいか。例えば、グッドウィルの折口雅博、ライブドアの堀江貴文、東横インの西田憲正、ヒューザーの小嶋進、ミートホープの田中稔、三笠フーズの冬木三男、菅谷クリニックの菅谷良男。麻生首相的な範疇が頂点に立つ組織は多いと言うか、実際には殆どがそうなのではないかと思われてならない。嘘とお思いなら、あなたの会社や組織のトップはいかがでしょう。常識や見識を持って、説明や説得ができる人ですか。漢字が読めますか。日本の真のミステリアス。凍りつくような日本の寒さを感じる。

by thessalonike5 | 2008-12-05 23:30 | 政局 | Trackback | Comments(12)
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Commented by 弧愁庵人 at 2008-12-05 16:08 x
日本が壊れてきている。その代表が、自民であったり、総理であったりするわけだが(シンキロー以来まともなのがいない)、そこをチェックするマスコミがまた程度が低くてそれを許してしまった。
民度といってしまえばそれだけか?そうじゃないと信じてはいても、次々繰り出される「間の抜けた発言」に、あ~日本はこんな人でも、総理が務まる国になってしまったんだと・・・、諦めの方が先にたってしまうのですね。
Commented at 2008-12-05 18:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 荻原 理 at 2008-12-05 19:21 x
無い袖を振らせても、どうしようも無いなあ・・・。日本はどう言う訳か、
「政党ぐるみの政権交代」の長所を、国会議員も学者も、戦後国民に
啓蒙してこなかったツケが回っていますから。

細川政権でも、「ただ珍しかった」だけの印象が強く、余り意義が国民
に伝わらなかった様な・・・。それ以前から「薬害エイズ訴訟」や、「長良川河口堰」の問題が存在したのに、「官僚制度疲労」の改革の必要性が
大きく成らなかったのは、未だに高級官僚に対する信頼が国会議員
よりも強く、長期政権下で、「自由民主党議員でも、比較的いい人間が
居る」と甘え、思考停止してしまったのでは無いか、と思います。

世襲議員も何かと批判されていますが、「彼等以外の立候補者」を
我々は知ろうとしていたのだろうか、と問いかけたい気分です。
Commented by 札束 at 2008-12-05 22:43 x
「野党の党首の小沢一郎を見ても、人格的未熟性においては特に変わるところはないのだ。」

小沢一郎は第二自民党の党首である。

福田と連立をしようとしたのも、当然のことであった。

15年前の暴力団対策法によって、厳しい取締りを受けた暴力団。取り締まりから逃れるため、一部の組員を表向き破門にして、密かに経済活動にあたらせた。。。のと同じようなもんだろう


表向き野党で活動して、自民党の危機が訪れると、表向きは何のかんのと言いながら、手を貸すというわけだ。

Commented by 八連隊 at 2008-12-06 18:54 x
>説明ができない、説得もできない、決断はできない、常識もない・・・

プラスチックの額縁で飾られた「努力」「根性」「忍耐」
最近見かけませんが、観光地の土産物店に必ず有りましたね。

若い人だけで無く、多数の日本人が敬遠する言葉に成り下がってしまいました。
売っていれば、麻生さんに進呈あげたい一品です。
Commented at 2008-12-06 20:38 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by at 2008-12-08 09:08 x
 自分より優れた、指導力ある人を選びたくない、というのは、日本人の本性だと思います。出る杭は打たれる、と言います。能力ある人は排除されるのです。
 世襲議員が横行するのは、彼らは本来自分よりは優れていない人達だ、と人々が思っているからだと思います。家柄という、本来の人間の能力とは無縁のものを選ぶ基準にしたときに、人々は安心するのではないでしょうか。
 たとえば、私が身を置く学者の世界を見ていると、個々の学者の能力を評価して、アカデミック・ポジションが決まっているとはとても思えません。学閥が横行しています。その理由は、学者としての能力、という絶対的な基準を出すよりも、学閥という基準を出した方が、凡庸な学者は安心できるのではないでしょうか。
 悪貨は良貨を駆逐する、と言います。それが日本社会の実態ではないでしょうか。
Commented by ぶじこれきにん at 2008-12-08 16:53 x
この天下大乱に家柄と世襲のリーダーは己の無能振りをさらす羽目になる。平時なら官僚組織の運営と神輿に乗っていればいいが・・・・・天下大乱の乱世はそうはいかない。
 
Commented by 不定期読者 at 2008-12-08 17:24 x
>自分より優れた、指導力ある人を選びたくない、というのは、日本人の本性だと思います。出る杭は打たれる、と言います。能力ある人は排除されるのです。

これは人類共通でしょう。競争心の源泉は嫉妬心ですから、ある程度、足を引っ張るのは当たり前です。

むしろ、最近の日本は「出る杭を打つのは良くない」と意識する余り、「スター選手」を妙に崇めて、2番手の層(懐かしの「プロジェクトX」が光を当てていた層)を蔑ろにし過ぎる傾向が有る気がする。

変な意味で「出る杭を打つのは良くない」と言い始めたことと、ここのブログでも問題視されている「中流層の崩壊」とは、リンクしていると思う。



Commented by ぶじこれきにん at 2008-12-09 04:55 x
本によると、リーダーは決断する。なる前に人のをよく見て、自分ならこうすると見取り図を書く。
 私心を捨てて決断をする。麻生に欠けているものだらけ・・・・
Commented by たこ at 2008-12-09 12:41 x
>>自分より優れた、指導力ある人を選びたくない、というのは、日本人の本性だと思います。出る杭は打たれる、と言います。能力ある人は排除されるのです。

>これは人類共通でしょう。競争心の源泉は嫉妬心ですから、ある程度、足を引っ張るのは当たり前です。

そういえば、女性が仕切った合コンにはたまにいい男も来ますが、男性が仕切ったそれには、オーガナイザー以上の逸材は来た試しがありませんものね。
Commented by 茅野 at 2008-12-11 00:53 x
小沢で思い出すのは、自民党幹事長時代に「記者会見はサービスだ、自分は本当はやりたくないんだ」とのたまったことですね。未だに総理大臣として表に出ることに困惑していることでしょう。万一総理になったら本当にマスコミ対応は酷くなりそうです。
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