石原慎太郎『NOと言える日本経済』 - 十年前の右側の説得力
十年一日。10年前の秋も、日本中が金融危機で揺れ、ニュースは経済問題で埋まり、本屋では経済の本が店頭に積み置かれて売れていた。石原慎太郎著の『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)が出版されたのも、1998年の9月25日で、吉川元忠の『マネー敗戦』と同じ時期だった。経済学の本ではないが、『マネー敗戦』の視角とほぼ同一の経済認識と経済政策が示された本であり、当時はそれなりに注目を集めて読まれていた印象がある。石原慎太郎が東京都知事選に出馬するのが翌年の3月で、この本の出版はそうした政治的な行動計画を踏まえた戦略的な布石でもあった。この98年秋から99年春までの半年間が、おそらく石原慎太郎が最も国民的人気を博し、日本の危機を突破するカリスマ的指導者として広範な期待を集めた瞬間だった。バブル崩壊から7年、不良債権問題が重くのしかかった日本は出口の見えない不況の泥沼で喘ぎ、時代は「強い指導者」の出現を渇望していて、その空気はそのまま2001年の「小泉人気」に真っすぐ繋がって行く。 

このとき、日本の金融機関の破綻と再編は地響きをたてて始まっていて、いわゆる「金融ビッグバン」が宣揚される中で、不良債権のために潰れかかった日本の金融機関に米国資本が触手を伸ばしていた。98年の秋の時点で、すでにゴールドマンが安田信託の不動産を買い、GEキャピタルが東邦生命を傘下に入れ、トラベラーズ(現シティG)が日興証券を傘下に入れていて、破綻した旧山一證券はメリルに引き取られていた。デリバティブの取引も始まっていて、「金融技術」の進歩に日本の「護送船団」が乗り遅れたことが悲観されていた。新しい「金融技術」の駆使によってマネー経済が実体経済を離れて膨張する運動はすでに始まっていて、ヘッジファンドが暗躍し、アジアの諸国に通貨危機を惹き起こさせて経済を混乱に陥れていた。アジア通貨危機は同時並行の出来事だった。10年後に至る道は10年前に原型が出来上がっていた。そしてそれに対する批判や日本経済の対応策も議論が上がっていた。石原慎太郎の状況認識は吉川元忠と同じであり、対応策も基本的に同じである。

石原慎太郎は、米金融資本からの円の防衛と反撃について次のような具体策を提起している。①大東亜強円圏を作ること、②米国債を売ってユーロシフトを図ること、③東アジアファンドを設立すること、④超低金利を脱して金利を上げること。「大東亜強円圏」という言葉は不穏当で、いかにも右翼の石原慎太郎らしい表現だが、基本的に①-④の中身は私が現在主張している内容と同じであり、経済思想のレベルで目的も方向も共通している。10年前の当時であれば、東アジア共通通貨よりも円圏拡大の方が合理的であったかも知れない。中国は現在のような世界経済の巨人ではなかった。普通に考えれば、誰でも①-④のような経済政策の提唱になる。現実には、日本が選択した方向は全く逆で、金利は超低金利からゼロ金利に移され、日銀は米財務省の管轄下に入り、米国債漬けは麻薬中毒のように慢性化して誰も異状を言わなくなる。石原慎太郎が本で訴えた主張は、このように反米で反新自由主義の性格が明瞭な提言であり、米国に対して敵意を露わにした表現が満載で、反米ナショナリズムを訴求するものだった。

石原慎太郎が都知事選で掲げた政策の第一が、横田基地返還であった事実を覚えている者は多いだろう。ところが、都知事に就任した石原慎太郎が実際の政策で実行したことは、①シルバーパス全面有料化、②寝たきり高齢者への老人福祉手当の削減、③障害者医療費助成の縮小、④特別擁護老人ホームへの補助削減、⑤難病医療費助成の対象からの慢性肝炎の除外、等々、徹底的な福祉切り捨ての断行であり、財政再建を理由にして、都の社会保障の制度と事業をひたすら破壊し消滅させる冷酷な新自由主義政策の数々だった。これらは、まず東京都で実施され、そして神奈川県や横浜市など(民主党出身の)新自由主義知事のいる地方で採用され、そして小泉改革で「聖域なき構造改革」として国家の政策となるものである。血も凍るような福祉削減の酷薄行政は、石原都政が全国に先行して範を示した。2000年から2002年の時期だろうか。石原都政こそ小泉改革政治の原型である。ところが、東京都民はなぜかそれを熱狂的に支持し、2003年の2期目の選挙では史上最高の得票率で圧勝している。右翼で新自由主義の突出した指導者の君臨となった。

この頃から、石原慎太郎は反米ナショナリストの仮面を脱ぎ捨て、真性右翼の本性を全面開花させて、野蛮で激越な恫喝と暴言三昧の日々に狂い漬ることになる。反米言動は影を潜め、暴言の矛先は専ら共産中国に向けられた。それから長い時間が経過したため、われわれは石原慎太郎の1998年当時の反米ナショナリズムと経済独立アジテーションを忘れがちになってしまう。だが、10年前のこの事実を現在の視点から捉え直すことが思想的に重要なのだと私は思う。石原慎太郎の反米ナショナリズムは口先だけの嘘であり、経済独立論も人気取りの口上に過ぎなかった。しかしながら、当時の論壇を眺めると、右翼の側がまさに反米ナショナリズムの気炎を上げ、日本経済の対米独立を叫び、経済苦で喘ぐ国民大衆から支持を獲得していたのである。小林よしのりや西部邁や西尾幹二がそうだった。彼らの反米ナショナリズムは、その米国に「戦後の占領政策で魂を抜き取られた日本」への批判となり、戦後民主主義と日本国憲法批判とセットになり、巧妙なレトリックで構造化された説得力になっていたが、当時の論壇を席巻し、本屋の売場を占領し、日本の世論をその方向で束にすることに成功した。

10年前、現実の経済危機に対する感性と認識において、右側の方が状況を鋭く受け止め、問題の捕捉が正確であり、対応策においても社会科学的な説得力が旺盛だった。左側には危機に対して社会科学的に対応する論壇がなく、それを期待されたアカデミーは、米国資本による日本侵略にも無頓着で不感症であり、全く関心を払っていなかった。左側(岩波系)のアカデミーは何をしていたかと言うと、脱構築主義の神への奉仕に夢中であり、毎日毎日、「反近代」と「反国民」の経文を唱え、近代主義と国民主義を撲滅するために、死んだばかりの大塚久雄と丸山真男に唾を吐き石を投げていた。彼らの関心は一にも二にも脱構築であり、アカデミーを脱構築教の神殿にして浄めることであり、「近代知の解体脱構築」のために血道を上げ、だから、米国資本による侵略や新自由主義の跳梁には何の痛痒も感じることはなかったのだ。ジェンダーとマイノリティと言っていれば、それで日本社会の問題は全てかたづいた。国民大衆が左側のアカデミーの言論能力を疑い、左側の社会科学の説得力を疑ったのは無理もない。左側は経済や国民の生活に関心が無かった。山之内靖、酒井直樹、子安宣邦、姜尚中、上野千鶴子、小熊英二。

左側(岩波アカデミー)の脱構築言説は、単に思想オタクが趣味で遊興するための薀蓄玩具となり、現実の社会問題や経済問題に対応する有効な社会科学の実質と性格を失い、そのため、一般大衆は現実問題に向き合ってメッセージを届ける右側の説得力に包摂された。これが石原都政と小泉改革を媒介した日本の思想的真実である。左翼は社会に無関心だった。「保守のマジョリティ」は10年前に出来上がっている。戦後教育をそれなりに受け、戦後の教育課程の社会科を小中高校で受けてきた者たちが、なぜこれほど右傾化し、新自由主義を支持し、石原都政や小泉改革の靖国参拝や社会保障削減を熱狂的に支持する日本人になったのか。10年前、右翼の方が現実に対して社会科学的に対応し、大衆に向かって有効な情報発信をしていたからだ。「構造改革」という言葉が、本来は左側の言語であるにもかかわらず、それを右側に奪われて、新自由主義のシンボルに置き換えられてしまった問題についても、こうした点に真相があるように思われてならない。石原慎太郎と小泉純一郎はラディカルな社会変革の指導者として自己を演出したのであり、共産党や社民党が旧態依然たる顔と看板とメッセージで組織の保身に汲々としていたコンサバティズムとは対照的だった。

10年経ち、舞台は一回りして、新自由主義は経済的にも思想的にも没落しようとしているが、アカデミーが現実問題や国民生活に関心を失った状態は現在でも続いている。また、左側の脱構築の思想、すなわち近代主義否定と国民主義否定の言説が、戦後日本の達成であった終身雇用の日本型経営システムや国民国家による社会福祉制度を否定する論理的根拠を与え、戦後日本的な公共社会システム一切を否定する気分と思想的正当性を与えたことも忘れてはいけない。「総力戦体制の否定」という目標の下に、左の脱構築主義と右の新自由主義は見事に癒着し、左右共闘の連携作戦で、戦後日本のシステムを解体すべく襲いかかったのである。脱構築アカデミーの罪は本当に大きい。

by thessalonike5 | 2008-10-16 23:30 | 世界金融危機 | Trackback | Comments(8)
トラックバックURL : http://critic5.exblog.jp/tb/9698003
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by 通りがかり at 2008-10-16 14:49 x
非常に説得力あります。
客観的でありすばらしく感じます。

Commented by NY金魚 at 2008-10-16 15:20 x
慎太郎氏の「NOと言える,,,」の2冊ほどは僕も読みました。「脱アメリカ」という力強い宣言で共鳴する部分があった記憶があります。同時に大東亜共栄圏をそのまま文字った文章に当然の強い反発を感じました。そして都知事になってからのかれの言動でその共鳴感は見事に打ち砕かれ、以来かれの著書は手元にあっても読めません。今回世に倦む日日さんが指摘されるまで、反新自由主義というものとはまったく結びつきませんでした。芥川賞受賞作を含めて、かれの初期の三文小説は、評すべきものもありませんが、唯一幕末を描いた戯曲「狼生きろ、豚は死ね」は当時の若者に感じるなにか(多分に発作的とは思いましたが)がありました。観念的な小説家より、肉体的なアクション・ペインティングの画家にでもなられた方があっていたのかもしれません。
いずれにせよ、アメリカに対してちゃんとものが言える『安定した思想』の政治家を渇望していますが、ここアメリカから観るかぎり、その片鱗もありませんね。
Commented at 2008-10-16 18:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by シャムネコ at 2008-10-16 20:19 x
 全くそのとおりだと思います。
 すばらしい慧眼です。
 石原慎太郎は反米を主張して、裏切りました。
 まったく、横田基地問題は一歩も進みませんでした。
 ただの町おこしの村長レベルであり、そのレベルの恫喝行政で、基本はただの弱い者いじめです。
 まあ、この手のマッチョに騙される都民も都民です。 
 
Commented by 荻原 理 at 2008-10-17 05:59 x
小沢一郎氏はかつて、「グランドキャニオンには柵が無い」と言って、
自己責任論を唱えていたのに、今は「生活第一」ですから「変節」「転向」
だと、批判されそうなものですが・・・。

でも、「同様の主張」である、かつての民主党代表・前原氏の唱えて
いた、小泉氏に対する「改革競争」のままだったら、「現在の民主党」は
無かったと言えます。

石原慎太郎氏は三選を果たして以降、「新銀行」「築地」問題等で威信
が下降気味で、息子の宏高氏は落選の危機にあり、伸晃氏の求心力
も低下気味なのも、現在の「新自由主義」に対する嫌気を表している
と言えるかも知れません。

北海道大学の准教授・中島岳志氏が新聞のインタビュー記事で述べて
おられた様に、1993年以降の「改革の総括」をする事を、「『新自由主義の独り勝ち』の幻想崩壊」を目の当たりにした今こそ、次期衆議院選挙で始めるきっかけにしたいですね。
Commented by ぶじこれきにん at 2008-10-20 15:33 x
石原がなぜ都民の支持を得たのかよくわかった。時代の閉塞感が石原や、小泉を必要とした。
Commented by ばっどえんどす at 2008-10-21 00:23 x
新自由主義が崩壊するなんて甘い。これからがまさに本格的な新自由主義の時代。金融システムの崩壊阻止、預金者保護を名目に、国民大衆から消費税を収奪し、金融業界に投入して救済する。それに伴って数十兆~数百兆円の所得移転。それ以外の公共支出は骨と皮まで切り詰められる。その論理は自己責任、選択の自由、官から民へ、財政再建。弱者に災いあれ。小泉竹中は用済みでも、衣装と台詞をチョット変え、新しい「敵」をセットして、次なる新自由主義のヒーローが現れる。パチンコ屋の毎日新装開店、子供向け変身ヒーロー番組。国民は鶏程度の記憶力、自分が取って喰われるまで悟らない。
Commented at 2008-10-21 23:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
名前 :
URL :
非公開コメント
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード設定 :
< 前のページ 昔のIndexに戻る 次のページ >

市場予測 08/1/4


世に倦む日日
Google検索ランキング


下記のキーワード検索で
ブログの記事が上位に 出ます

NHKスペシャル 激論2009
竜馬がゆく
花神
世に棲む日日
翔ぶが如く
燃えよ剣
王城の護衛者
この国のかたち
源氏物語黄金絵巻
セーフティネット・クライシス
本田由紀
竹中平蔵
皇太子
江川紹子
G20サミット
新ブレトンウッズ
スティグリッツ
田中宇
金子勝
吉川洋
岩井克人
神野直彦
吉川元忠
三部会
テニスコートの誓い
影の銀行システム
マネー敗戦
八重洲書房
湯浅誠
加藤智大
八王子通り魔事件
ワーキングプアⅢ
反貧困フェスタ2008
サーカシビリ
衛藤征士郎
青山繁晴
張景子
朱建栄
田中優子
三田村雅子
小熊英二
小尻記者
本村洋
安田好弘
足立修一
人権派弁護士
道義的責任
古館伊知郎
国谷裕子
田勢康弘
田岡俊次
佐古忠彦
末延吉正
村上世彰
カーボンチャンス
舩渡健
秋山直紀
宮崎元伸
守屋武昌
苅田港毒ガス弾
浜四津代表代行
ガソリン国会
大田弘子
山本有二
永岡洋治
平沢勝栄
偽メール事件
玄葉光一郎
野田佳彦
馬渕澄夫
江田五月
宮内義彦
蓮池薫
横田滋
横田早紀江
関岡英之
山口二郎
村田昭治
梅原猛
秦郁彦
水野祐
渓内譲
ジョン・ダワー
ハーバート・ノーマン
アテネ民主政治
可能性の芸術
理念型
ボナパルティズム
オポチュニズム
エバンジェリズム
鎮護国家
B層
安晋会
護憲派
創共協定
二段階革命論
小泉劇場
政治改革
二大政党制
大連立協議
全野党共闘
民主党の憲法提言
小泉靖国参拝
敵基地攻撃論
六カ国協議
日米構造協議
国際司法裁判所
ユネスコ憲章
平和に対する罪
昭和天皇の戦争責任
広田弘毅
レイテ決戦
日中共同声明
中曽根書簡
鄧小平
国民の歴史
網野史学
女系天皇
呪術の園
執拗低音
政事の構造
悔恨共同体
政治思想史
日本政治思想史研究
民主主義の永久革命
ダニエル・デフォー
ケネー経済表
価値形態
ヴェラ・ザスーリッチ
李朝文化
阿修羅像
松林図屏風
奈良紀行
菜の花忌
アフターダーク
イエリネク
グッバイ、レーニン
ブラザーフッド
岡崎栄
悲しみのアンジー
愛は傷つきやすく
トルシエ
仰木彬
滝鼻卓雄
山口母子殺害事件
ネット市民社会