
グルジアとロシアの紛争について、それを論じているBLOGは多いが、ほとんどが米国サイドからの世論操作と日本のマスコミの誘導情報を鵜呑みにしたものばかりで驚かされる。特に、日頃は二言目にはマスコミに踊らされるなと言い、マスコミ報道をゴミ扱いして気炎を上げているブログ左翼が、今回の南オセチア紛争についてはロシア側の介入を非難し、ロシア側の行動を覇権主義だと決めつけている。私から見れば、これは完全に米国と日本のマスコミの宣伝報道に乗せられて踊らされている姿にしか見えないが、ブログ左翼は自分が真実を論じているように思い込んでいるのだろう。もう少しニュースを丁寧に追いかけて、何が起きたのか事実を時系列に整理して、問題の裏側を掘り下げて思考することはできないものか。今回の紛争を読み解くに当たって最も重要な鍵は、発端となった8月8日のグルジアによる南オセチアへの大規模な侵攻のような軍事行動は、米国の事前の了承なしに単独で決行することなどできないという点である。

事前にブッシュ政権のアプルーバルを取っている。しかも8月8日という北京五輪開催日を選んでいる。これには意味がある。五輪に集中している中国が国連で身動きがとれず、安保理でロシアを完全に孤立状態にさせることができる。8月8日はロシアの事実上の最高指導者であるプーチンが北京にいて、モスクワでロシア軍首脳と国防会議を開けず、情報収集と作戦指令を出す環境に不具合がある。無論、現地の南オセチアでは情勢は緊迫していて、
8月6日には自治州の独立派勢力とグルジア治安部隊の間で小競り合い的な交戦状態が起きていたが、この直後の8月7日(日本での
ニュース配信時刻は8月8日1時24分)、サーカシビリは「一方的停戦」と「南オセチアへの自治権拡大提案」の演説を行い、ロシアを巧妙に欺いている。つまりは騙し討ち。8月8日の10時23分までにはグルジア軍は州都ツヒンバリを
完全に包囲、ミサイル攻撃の集中砲火で市街を無差別攻撃し、1400名の死者を出している。問題はまさに、この1400名を超える死者という点だろう。

グルジアは8月10日までに南オセチアから軍を撤収した。私の見るところ、軍事作戦の目的を達成したということである。ツヒンバリの人口は10万人、そこで1400名の死者を出したということは、南オセチアで独立運動をやっている多数派オセット人の主力を叩いて無力化したということだろう。ほぼ根絶に成功した。だから、南オセチアにロシア軍が入っても政治的には安心と言うか、ロシア軍がトビリシ侵攻を決断しないかぎり、今度の軍事作戦は成功なのであり、南オセチア分離独立勢力の殲滅という目的は達成しているのである。
ヒットアンドアウェイ作戦だ。狡猾なサーカシビリは、「一方的停戦」でロシアを油断させて軍事侵攻し、ロシア軍の主力が出てくると、再び「
一方的停戦」を表明して撤収した。今度の「停戦」の呼びかけや「撤収」も一時的なものだろう。ライフラインも住宅も徹底破壊したツヒンバリの再建と復興をロシア側にやらせ、グルジアはその責任と負担から逃げる。実に狡猾である。作戦は米国と事前に計画を練っている。そして、世界の世論は、思惑どおり、「ロシアによるグルジア侵攻」への批判の線で固まりつつある。

私は、
以前の記事で、グルジアの
バラ革命について少し論じたことがある。これは2月に見たNHK・BSの「世界のドキュメンタリー」の
番組を紹介したもので、フランスの放送局が制作したものだった。あの内容には本当に驚かされた。セルビア、ウクライナ、グルジアで行われた「民主化革命」というのは、裏で米国の財団やNGOが大量の資金を供給し、カネを撒くだけでなく活動家を養成して送り込み、メディアを利用した宣伝工作で旧政権を転覆したものだった。工作員は30代の若者で、実際にグルジアやキルギスタンの大統領の政治顧問として裏で操り、さらにベラルーシの政権転覆を次の目標として反政府勢力に資金とノウハウを提供していた。その場面を堂々と取材撮影させていた。ワシントンの財団から派遣された30代の若僧の方が大統領より権力を持っているのである。旧ソ連の周辺共和国が、ほとんど嘗ての60年代から70年代の中米諸国のようにされようとしていた。サーカシビリ政権というのは、米国の純粋な傀儡政権という以外に表現しようがない。だから、小国でありながら、イラクに米英に次ぐ規模の2000人の兵員を派遣駐留させているのである。

現在、私が最も注目しているのは、
田中宇がこの問題をどう分析して説明するかである。田中宇の出番だ。一部で言われているように、サーカシビリの軍事侵攻は、下落に転じた原油価格を再び高騰させるための作戦であり、石油利権政権であるホワイトハウスの指示だという説がある。具体的証拠を提示しなくても、これは戦争の説明として説得力のあるものだろう。石油大国であるロシアにとっても、原油は下がるより上がり続けた方がいい。1400人のオセット人を殺して、南オセチアの分離独立を潰し、ロシアには原油価格でサービスをした。単純化すれば、今度の事件はそういう国際政治として捉えることができる。紛争は、西のアブハジアに飛び火して、グルジアとロシアは全面戦争の危機を孕む膠着状態になり、グルジアの政権が変わらないかぎり泥沼状態が続く。サーカシビリは、逆に戦争状態を利用して政権を延命でき、米国と欧州からの支援を取り付けることができる。ブッシュ政権が終わる前のタイミングを狙ったとも言える。米国で新大統領が政権に就いた後では、この軍事侵攻のアプルーバルはなかった。大統領選挙が始まった後でも難しかっただろう。サーカシビリとホワイトハスにとってのベストなタイミング。

南オセチアに駐留していたロシアの平和維持部隊は、国連で活動が認められている合法的な存在であり、今度の問題の全体を判断したとき、ロシア側が無理にオセット人に分離独立を扇動して、そのためグルジア側の軍事侵攻を招いたとは言えない。確かに南オセチアはグルジアの主権国家の一部であり、領土の保全はグルジアの主権行使だが、そこには複雑な歴史的事情があり、住民の70%がオセット人でロシア領の北オセチアとの併合を望んでいるという事実は無視できず、穏便で慎重な配慮や対処が求められた。騙し討ち的な強硬手法で1400人のオセット人住民を虐殺するという行為が正当化されるはずがない。4月のチベットの場合は、先にチベット人がラサで暴動を起こして中国人の商店を襲撃し、中国人に暴行を加えるという事件が発端になったが、今度の場合、ツヒンバリで少数派のグルジア人住民が多数派のオセット人住民から襲撃を受けたというような事実はない。作戦はグルジア政府によって計画的に行われている。戦争を仕掛け、1400人のオセット人住民を虐殺したサーカシビリの責任が追及されるべきだ。大義は南オセチア独立派とロシアの側にある。サーカシビリを逮捕し、ツヒンバリで
戦争責任を追及する裁判を開廷すべきである。

マスコミの宣伝記事に踊らされてロシアを非難しているブログ左翼は、ウクライナの「オレンジ革命」とグルジアの「バラ革命」の検証をするべきだ。この「革命」の主体はまさに新自由主義である。サーカシビリ政権は日本の小泉政権や安倍政権と実に性格がよく似ている。テレビに出てきた30代の若僧が、日本で言えばまさに竹中平蔵そのものだろう。再び最初の結論に戻るが、現在のような国連統治下の国際政治の中で、グルジアのような小さな国が、しかも平和の祭典の開会式である8月8日という日をわざわざ選んで、1400人の市街地住民を無差別殺戮する大規模な軍事行動に単独で踏み切れるはずがないのである。今度のサーカシビリの軍事作戦は、実質的にフセインがクルド族居住地域に化学兵器を打ち込んだ暴挙と等しく、人道上、絶対に許されることではない。超大国米国の事前の了解なしには踏み切れない行動だ。そのことを直観で理解できるかどうかである。日本の護憲論者やブログ左翼のイージーな平和主義は、紛争の中身を検証しようとせず、ただ思考停止的に、「戦争はイヤだ、平和がいい、どちらも矛を収めて」、を言うばかりである。裏を読まないといけない。日本のマスコミ情報の表面だけで判断してはいけない。マスコミに騙されるなと言っている人間が見事に騙されている。
ロシアが征圧した南オセチアの領内で、今度はオセット人によるグルジア人への暴力の報復が起きないか、そのことが心配だ。実際のところは、それこそがサーカシビリの南オセチアからの「撤収」の狙いであり、米国と新自由主義政権の真の政治戦略かも知れないが。

【世に倦む日日の百曲巡礼】
今日の一曲は、ゲイリー・ムーア の演奏する 『The Messiah Will Come Again』 を。
映像は、2004年の米国映画 『パッション』 のシーンです。拷問と磔刑の映像があまりに残酷なので、18歳未満の読者の方はクリックをご遠慮下さい。しかし、キリスト教の話となると、基本的にこの新約聖書の場面になりますね。近年はイエスの死と再生のドラマをリアルに再現しようとする動きが盛んで、この映画もそうした思想的な流れの一環でしょう。監督はメル・ギブソン。ゲイリー・ムーアの咽び泣くブルースのギターが素晴らしい。

グルジアは古くからのキリスト教の国ですね。ギリシャ正教会(東)でもローマ・カトリック教会(西)でもない原始キリスト教でしょうか。外務省の
データによれば、グルジア正教となっていますが。