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本と映画と政治の批評
by thessalonike5


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八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響
八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_1640133.jpg八王子通り魔事件について、昨日(7/23)記者団に聞かれた福田首相は、「社会的な背景が何かあるのか、よく調べなければいけない」と言っている。本当に政府が社会的原因の調査に動くのかどうかはわからないが、事件発生から24時間以内の時点で総理大臣からこうした発言が出た事実は大いに注目に値する。昨夜の報道ステーションでは、古館伊知郎が、「話を広げすぎだと批判されるかも知れないが、事件の背景に切り捨てや使い捨てにされている若者の労働の問題があり、社会から排除されて簡単に絶望する大勢の人間がいることは無視できない」と言っていた。ワイドショーでは、社会に原因があるとする立場とないとする立場でコメンテータが分かれて論争がされていて、鳥越俊太郎は「小泉構造改革の名の下に進められた変化が、こういう犯罪を産み出していると思えてならない」と持論を展開、落合恵子も「社会のなかに原因がないのか点検しないと連鎖は断ち切れない」と指摘している。 



八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_17122666.jpg一方、小倉智昭は「こんなの社会のせいじゃない。仕事に行き詰まったら、まず自分で解決するのが当然。なんで人に刃をむけるのか」と言い、同じ番組共演者の高木美保が「何でも人のせい、親のせいみたいな、自立できていない依存心の強いタイプ」と応じている。大谷昭宏は、「自分がうまくいかない理由を社会に転嫁しており、身勝手で甘ったれている」と厳しい。私は、この事件については立場は分かれて当然だろうという感想を持つ。と同時に、もし加藤智大の秋葉原事件がなかったら、鳥越俊太郎や落合恵子のようなコメントはなかっただろうし、況や、福田首相の口から「社会的な背景」の調査の必要の発言が出ることはなかっただろうと思う。6月に秋葉原事件が起きていなければ、この事件は単に菅野昭一の身勝手な無差別衝動殺人で終わり、菅野昭一の職歴だとか職場での仕事内容とかに報道の関心が向けられることはなかったはずだ。記者たちは、菅野昭一の実家と仕事先に押しかけ、「仕事のことで家族とトラブルになった」という取調べでの供述の中身を確認するべく大挙して取材している。

八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_17124266.jpg一言で言って、社会の空気が変わったのである。そのことが決定的に大きい。簡単に個人の問題に片づけて清まされなくなったということだ。自己責任ではなく社会的責任が意識されざるを得なくなったということであり、個人に責任の全てを押し被せて社会を免責する個人主義ではなく、社会に原因や責任の目を向ける社会主義の発想と感覚が国民の中でマインドシェアを占めてきたということである。ワイドショーの5人の解説者のコメントを並べて、最も説得力があるのは、最も常識的で月並みな発言ながら、落合恵子が言っている「連鎖」論であろう。こうした問題に対して、社会に原因があると考え、社会的原因を発見し除去して行こうという立場に立って対策を講じなければ、今後も同じ事件が次々に起こり続けるのであり、個人に原因と責任を被せて社会や行政を免責放置したままでは、同類の事件の頻発を未然に防止することはできないのである。予感だが、恐らく、秋葉原事件は社会科の教科書に載るだろう。何年先かわからないが、「現代社会」の教科書に載り、そして「現代史」で重大な社会事件として扱われるだろう。

八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_17125925.jpgこの八王子の通り魔事件に立ち入って、私が感じたことを言うと、菅野昭一が殺してやりたかったのは本当は父親と母親だったのではないか。誰でもよかったと言っているが、動機として口にしているのは、「家族とトラブルになった」ということで、「両親を困らせようと思った」とも証言している。先日起きた宇部の高校生によるバスジャック事件と動機が似ている。本人の中で意識されているのは社会一般以上に両親なのだ。父親を直接の標的とせず、無関係の若い女性を刺し殺したのは、その相手なら無抵抗で殺傷ができるからであり、犯行が容易で完遂が簡単だったからである。父親に向かって行けば抵抗されて逆襲される可能性があり、簡単に殺人を敢行完遂できない。そして、これは両親に対する復讐であると同時に、子供としての親への甘えだと見てよいだろう。菅野昭一は、拘置所か裁判所での両親との面会の場面を強く意識している。そこで殺人事件という復讐行為によって立場が変わった両者の関係を見せつけて、両親を睥睨し、復讐の達成を宣言しようとしている。その機会に両親からの菅野昭一への謝罪と悔恨と最終的な愛情を調達しようとしている。供述で語っている動機の一言一句は、まさに両親に聞かせるためのものだ。

八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_17165379.jpgテレビの映像に出てきた父親の挙動と言動は、きわめて非常識で不自然なものだった。報道されている母親の証言にも奇妙なところがある。父親の口調と態度は、まるで他人事を語るようで、自分の責任についての自覚がまるでなく、被害者の関係者や社会に対する立場を恐縮し配慮している様子が微塵もうかがえない。父親は、菅野昭一が語っている「親が相談に乗ってくれなかった」という供述を真っ向から否定しているが、その父親の言葉を信用してよいだろうか。父親の言い方は、「迷惑な話だ」と言っているように聞こえる。だが、人を殺せばその後どうなるかを菅野昭一が知らないはずがなく、人が殺人の決行を決意するのは並大抵のことではない。家族の中で何があったのか、きっと取材と続報があるだろう。テレビに出た父親の姿を見ると、一見して社会の下層に暮らしている人間の印象があり、子供が重大事件を起こしたために社会的な地位と信用を失墜して絶望するというような境遇ではなく、すでに何もかも失い落ちるところまで落ちて、失うものは何もないという状況に見えた。つまり、少し先を読みすぎているのかも知れないが、「何も相談に乗ってくれなかった」という問題は、「相談に乗ろうにも乗ってやれる条件を持っていなかった」のが真相なのではないか。貧困の契機はここにある。

八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響_b0090336_16385872.jpgそれと、気になる点は、菅野昭一が小中学校でいじめを受けていたという問題である。これは関心の焦点になっている格差問題とは少し違う問題だと思うが、いじめという形で、思春期に虐待や暴力を受けて育った人間の心の問題がある。何の関係もない無抵抗で無警戒の人の左胸を包丁で一突きできたのは、菅野昭一が、小中学校時代に、何の関係もない人間から無抵抗の自分に不条理な虐待と暴力を受けた経験と記憶があったからではないだろうか。彼がそれをできたのは、同じことをされた体験があったからで、彼にその暴力を行った人間と同じ人間になることができたのである。菅野昭一をいじめた人間たちは、何も処罰を受けることもなく平然と学校生活を送って進学し、その後も何も責任を問われることなく社会に出て生きている。世の中は不条理な暴力を受けて被害者になる弱者と、不条理な暴力を与えても責任を問われず悠然と生きている強者の二つだと、そういう世界観が身についてもおかしくない。「おとなしい目立たない子だった」「いじめられる方だった」ということで、その子に暴力性や加害性の端緒がないとか、意外だとか思うのは間違いで、DVの例が典型的で一般的な証明になるように、暴力や虐待の被害者は、そのまま簡単に暴力と虐待の加害者になるのである。いじめの問題はきわめて大きい。

80年代後半から90年代にかけて思春期を送った日本の子供たちの少なくない部分が、こうしたいじめの経験を持って大人になっている。
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by thessalonike5 | 2008-07-24 23:30 | 秋葉原事件
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