八王子通り魔事件 - 菅野昭一の動機と家庭環境、いじめの影響
八王子通り魔事件について、昨日(7/23)記者団に聞かれた福田首相は、「社会的な背景が何かあるのか、よく調べなければいけない」と言っている。本当に政府が社会的原因の調査に動くのかどうかはわからないが、事件発生から24時間以内の時点で総理大臣からこうした発言が出た事実は大いに注目に値する。昨夜の報道ステーションでは、古館伊知郎が、「話を広げすぎだと批判されるかも知れないが、事件の背景に切り捨てや使い捨てにされている若者の労働の問題があり、社会から排除されて簡単に絶望する大勢の人間がいることは無視できない」と言っていた。ワイドショーでは、社会に原因があるとする立場とないとする立場でコメンテータが分かれて論争がされていて、鳥越俊太郎は「小泉構造改革の名の下に進められた変化が、こういう犯罪を産み出していると思えてならない」と持論を展開、落合恵子も「社会のなかに原因がないのか点検しないと連鎖は断ち切れない」と指摘している。 

一方、小倉智昭は「こんなの社会のせいじゃない。仕事に行き詰まったら、まず自分で解決するのが当然。なんで人に刃をむけるのか」と言い、同じ番組共演者の高木美保が「何でも人のせい、親のせいみたいな、自立できていない依存心の強いタイプ」と応じている。大谷昭宏は、「自分がうまくいかない理由を社会に転嫁しており、身勝手で甘ったれている」と厳しい。私は、この事件については立場は分かれて当然だろうという感想を持つ。と同時に、もし加藤智大の秋葉原事件がなかったら、鳥越俊太郎や落合恵子のようなコメントはなかっただろうし、況や、福田首相の口から「社会的な背景」の調査の必要の発言が出ることはなかっただろうと思う。6月に秋葉原事件が起きていなければ、この事件は単に菅野昭一の身勝手な無差別衝動殺人で終わり、菅野昭一の職歴だとか職場での仕事内容とかに報道の関心が向けられることはなかったはずだ。記者たちは、菅野昭一の実家と仕事先に押しかけ、「仕事のことで家族とトラブルになった」という取調べでの供述の中身を確認するべく大挙して取材している。

一言で言って、社会の空気が変わったのである。そのことが決定的に大きい。簡単に個人の問題に片づけて清まされなくなったということだ。自己責任ではなく社会的責任が意識されざるを得なくなったということであり、個人に責任の全てを押し被せて社会を免責する個人主義ではなく、社会に原因や責任の目を向ける社会主義の発想と感覚が国民の中でマインドシェアを占めてきたということである。ワイドショーの5人の解説者のコメントを並べて、最も説得力があるのは、最も常識的で月並みな発言ながら、落合恵子が言っている「連鎖」論であろう。こうした問題に対して、社会に原因があると考え、社会的原因を発見し除去して行こうという立場に立って対策を講じなければ、今後も同じ事件が次々に起こり続けるのであり、個人に原因と責任を被せて社会や行政を免責放置したままでは、同類の事件の頻発を未然に防止することはできないのである。予感だが、恐らく、秋葉原事件は社会科の教科書に載るだろう。何年先かわからないが、「現代社会」の教科書に載り、そして「現代史」で重大な社会事件として扱われるだろう。

この八王子の通り魔事件に立ち入って、私が感じたことを言うと、菅野昭一が殺してやりたかったのは本当は父親と母親だったのではないか。誰でもよかったと言っているが、動機として口にしているのは、「家族とトラブルになった」ということで、「両親を困らせようと思った」とも証言している。先日起きた宇部の高校生によるバスジャック事件と動機が似ている。本人の中で意識されているのは社会一般以上に両親なのだ。父親を直接の標的とせず、無関係の若い女性を刺し殺したのは、その相手なら無抵抗で殺傷ができるからであり、犯行が容易で完遂が簡単だったからである。父親に向かって行けば抵抗されて逆襲される可能性があり、簡単に殺人を敢行完遂できない。そして、これは両親に対する復讐であると同時に、子供としての親への甘えだと見てよいだろう。菅野昭一は、拘置所か裁判所での両親との面会の場面を強く意識している。そこで殺人事件という復讐行為によって立場が変わった両者の関係を見せつけて、両親を睥睨し、復讐の達成を宣言しようとしている。その機会に両親からの菅野昭一への謝罪と悔恨と最終的な愛情を調達しようとしている。供述で語っている動機の一言一句は、まさに両親に聞かせるためのものだ。

テレビの映像に出てきた父親の挙動と言動は、きわめて非常識で不自然なものだった。報道されている母親の証言にも奇妙なところがある。父親の口調と態度は、まるで他人事を語るようで、自分の責任についての自覚がまるでなく、被害者の関係者や社会に対する立場を恐縮し配慮している様子が微塵もうかがえない。父親は、菅野昭一が語っている「親が相談に乗ってくれなかった」という供述を真っ向から否定しているが、その父親の言葉を信用してよいだろうか。父親の言い方は、「迷惑な話だ」と言っているように聞こえる。だが、人を殺せばその後どうなるかを菅野昭一が知らないはずがなく、人が殺人の決行を決意するのは並大抵のことではない。家族の中で何があったのか、きっと取材と続報があるだろう。テレビに出た父親の姿を見ると、一見して社会の下層に暮らしている人間の印象があり、子供が重大事件を起こしたために社会的な地位と信用を失墜して絶望するというような境遇ではなく、すでに何もかも失い落ちるところまで落ちて、失うものは何もないという状況に見えた。つまり、少し先を読みすぎているのかも知れないが、「何も相談に乗ってくれなかった」という問題は、「相談に乗ろうにも乗ってやれる条件を持っていなかった」のが真相なのではないか。貧困の契機はここにある。

それと、気になる点は、菅野昭一が小中学校でいじめを受けていたという問題である。これは関心の焦点になっている格差問題とは少し違う問題だと思うが、いじめという形で、思春期に虐待や暴力を受けて育った人間の心の問題がある。何の関係もない無抵抗で無警戒の人の左胸を包丁で一突きできたのは、菅野昭一が、小中学校時代に、何の関係もない人間から無抵抗の自分に不条理な虐待と暴力を受けた経験と記憶があったからではないだろうか。彼がそれをできたのは、同じことをされた体験があったからで、彼にその暴力を行った人間と同じ人間になることができたのである。菅野昭一をいじめた人間たちは、何も処罰を受けることもなく平然と学校生活を送って進学し、その後も何も責任を問われることなく社会に出て生きている。世の中は不条理な暴力を受けて被害者になる弱者と、不条理な暴力を与えても責任を問われず悠然と生きている強者の二つだと、そういう世界観が身についてもおかしくない。「おとなしい目立たない子だった」「いじめられる方だった」ということで、その子に暴力性や加害性の端緒がないとか、意外だとか思うのは間違いで、DVの例が典型的で一般的な証明になるように、暴力や虐待の被害者は、そのまま簡単に暴力と虐待の加害者になるのである。いじめの問題はきわめて大きい。

80年代後半から90年代にかけて思春期を送った日本の子供たちの少なくない部分が、こうしたいじめの経験を持って大人になっている。
by thessalonike5 | 2008-07-24 23:30 | 秋葉原事件 | Trackback | Comments(27)
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Commented by 他人事じゃない at 2008-07-24 18:27 x
鳥越俊太郎の意見は格差社会の負け組の気持ちを汲み取ろうと
現代社会に対する持論をいつも感じるが
小倉智明は 社会背景も確固たる持論など全く感じない
勝ち組目線で加害者を見下した新自由主義覇者意見にしか感じない。
Commented by 自宅警備員(通称ニート) at 2008-07-24 18:36 x
世の中余裕が無くなってきています。
誰も彼もが追い詰められている。
一重に愛が無いからだと思います。どうすれば愛が生まれるのか?
もう宗教しかないと思います。日本人は戦後60年
神とか信仰とかいった類の物を科学の敵とみなし
金あるいは権力、欲望のみを正義としてきましたが
その限界が見えて気がします。
 宗教に関して一度お話してもらえませんか?
Commented by yuki at 2008-07-25 01:32 x
彼自身の目から見た世の中を、人生観を知らなければ、この事件の本当の意味は社会に認知されず、被害者も浮かばれません。日常の場で誰にでもあり得ることとして殺人が起こっている現状を、私たちは真剣に受け止めなければならないと感じます。
Commented by scotti at 2008-07-25 01:34 x
小倉智明たちの発言は、個人の考えを装って、権力の僕としてのテレビ局の役割を広報しているだけだと思う。だから彼らには、無差別殺人は永遠に個人の資質の問題だし、米国のBSE牛を輸入してもたいした問題では無い様に報道するし、野口さんの死はどんなに不自然でも自殺と決まっている。
Commented by 八朔 at 2008-07-25 02:43 x
亡くなった方がかわいそうで、そして無念に思う。ご冥福をお祈りします。

社会が悪いで殺人を犯すにしても、経団連の会長、政治家、次官級官僚、マスコミのニュース司会者などを標的として狙うべきでったのでは。

殺人を賛美するわけではないが、行動理念と標的と事件後の反響の大きさを考え、実行するのが本当に「社会を揺るがす殺人」のはずだが、この犯人には頭も消耗し空っぽだったのだろうか?

貧ずれば、貪す。

最後の意地を見せる行動も、これでは、意味がない。

殺された方も、そして遺族はどう救われるのだ?

酷い世の中だ。
Commented by フェリ at 2008-07-25 12:30 x
この手の無差別殺人では、「誰でも良かった」という供述が発表されますが、実は、相手をある程度、選んでいることがわかります。
自分よりも力があるもの、強いものに対して、刃を向ける容疑者はいません。そこに憤りを強く感じます。
Commented by religion at 2008-07-25 12:50 x
倫理感、愛、正義に対して肯定的になれない風潮が蔓延しているように思います。「どうせ死んだら終わり」「一度きりの人生」それが根本にあり、自由という名の利己主義に誰もが必死になっているのではないでしょうか。そして上手く行かなくなると、自暴自棄になって、他人を巻き込む。これらの根源は唯物主義(物欲)/能力主義(戦争)=利己主義(傲慢)にあるのでは無いでしょうか。しかし、本当の幸せはお金や物で満たされるものではなく、苦労したあげくに成し遂げた達成感や無償の愛を受けたとき得られるものではないでしょうか。今の日本に欠けているのは本当の意味で幸せになる生き方、正義、倫理、哲学、愛、まさに宗教なんだと思います。
Commented by トレイントレイン at 2008-07-25 18:33 x
弱いものが夕暮れ、さらに弱い者を叩く
その音が響き渡れば
ブルースは加速していく。

彼は見えない自由が欲しかったのかもしれないが、見えない銃ではなく、見える刃物を使った。

指摘にあるように、社会に文句があるなら、権力者を狙え
卑怯者。
ただ、それだけだ。

今の世の中に問題があるとしたら、卑怯者を英雄のように扱う風潮である。
秋葉原の事件が、将来社会をかえた最初の一歩として教科書に載るような国家が、存在するわけがないし、そうなった時に、この国は他国の奴隷となっているだろう。

新自由主義とかなんとか、イデオロギーが悪いとかいう勢いだけど、主義主張がなんであれば、結局は力学の問題なのだ。
弱いものは団結して強くならないのであれば、やがて強いものに滅ぼされるだけだ。
もっと強い者たちが、この国を狙っている。
何を守りたいのか?
守りたくないのか?
国家なき民族となり、文化を捨てるか?
滅びか?
それは、子孫らの記憶から失われるという意味なんだけどね。

Commented by 通行人 at 2008-07-25 18:48 x
かつて、イラク戦争で人質になった3人の国民がいた。
武力勢力はイラクからの自衛隊の撤退をもとめ、制限時間を過ぎた場合、彼らの命はないぞと脅迫した。

彼らの家族は涙ながらに命乞いをし、世論も同情的だったが、自衛隊のイラクからの撤退を政府に求めたところ、容赦ない批判に追い込まれた。

人質になった彼らに責任は無いのに、(彼らがイラクに行ったのは、自衛隊の活動を妨害するためではなかった)自己責任という言葉が使われ、人質ならず、家族にも誹謗と中傷、嫌がらせが相次いだ。

Commented by 通行人 at 2008-07-25 18:48 x
権力を持った人間が、公衆の面前でそれを行使し、彼らをいじめても良いと言うメッセージを送ったためだ。その時の政治家を忘れてはいない。

幸い、イラクの地元からも、彼らを助けようという運動が起こり、何とか命は助かったものの、イラクからの航空運賃は彼ら負担となった。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本人拉致事件では、家族会が政府や米国の対応に不満をもらし、経済制裁を求めても、こういった中傷はおこらないだろう。

この、菅野昭一のような心にゆがみを持つ人間は確かに多いだろう。
このような殺傷事件を起こすか、社会的ないじめによる新聞に名前の載らない潜在的な殺人者達が今も世の中を徘徊している。
Commented by ripit-5 at 2008-07-25 21:54
今回の分析は鋭い。
おそらく、犯人の真の殺意は両親でしょう。秋葉原の犯人はもっと精神病理性を感じますが、両親に対する殺意が本意だと思う。でなければ、彼が事件を起こす端緒となった会社の上司に刃が向けるのが合理。
軽々なことはいえなかもしれないが、無差別殺人をしてしまう犯人に共通する事項に「強すぎて対抗できない親」の像を見てしまう。

それからやはり今の若者、世渡りが上手でない者(それは昔で云えば素朴さという美質でもあった)が湯浅誠流に云えば、「溜め」を持てない状態で社会に放り出されているのでは?

また学校現場では大人の余裕の無さの反映が進行しているのではないだろうか?
私たちの世代あたりから、いじめはいじめっ子がやるものでなく、クラス全体の「無視」という形になった。無視は被害者に対し一方的な不条理に置く。今はどうなのだろう。

社会が貧弱になり、学校の延長化したような社会。全体に陰湿さや隠微さが漂う世であり続ける以上、この種の事件もまた終わらない気がする。
本来その緩衝地帯の最後の砦が家庭だったのだが。その保護能力も落ち、そして、親の価値観も世の習いに振り回されているとするならば。。。
Commented by 収集家 at 2008-07-26 21:52 x
いじめ経験はきっかけにはなり得ますが本質は違う所にあります。
彼は人殺しをすることによって、親と同じになったのです。
「人間の尊厳」を何とも思わない親と同じにです。

不安定な雇用形態が重要な社会問題であることは確かです。
秋葉原の加藤より菅野の方が家庭問題に依っていますが、
社会であれ家庭であれ、同じ歪んだ価値観に傾いています。

親の嗜好として無責任に甘やかされ一切の秩序なく成人すること、
人材ではなく企業の部品として簡単に使い捨てされてしまうこと、
それは共に「誇りを持てない人間」を強制生産するシステムです。

「誰でも良かった」。それは自分が「誰でもない」から、
一個の人格を認められない「誰かの所有“物”」であるからです。
息子の罪を知った父親の態度が全てを肯定しています。

彼は人間ではない、「物」だから、人命の尊さもわからないのは当然です。
彼には自分がわかってしまった、その自分のひどい状態を知らしめるために、
彼という人間を作り出したシステムの正体を体現してしまいました。

Commented by 収集家 at 2008-07-26 21:52 x
私は儒教の内訳を知りませんが、日本が戦後失ったものは
明らかに問題を起こし続けています。解決策は誰にもわからないでしょう。
ただ、日本人が誇りを失わないことを切望します。

落書きに対する処罰をイタリア人に驚かれる日本人が
自分の尊厳と人の尊厳を正しく認識する力を失わないことを
祈るしかありません。
Commented by きょうし at 2008-07-26 23:27 x
小泉改革の後、社会は明らかに変わった。社会全体に
余裕がなくなり、社会保障は減らされ
富める者はますます富み、貧しい者は貧しくなり、
若者たちの不安は増大した。簡単に絶望するのはそんな
社会の雰囲気を最も敏感に察知するのは、
「最も弱いもの」だから。
鎖を強い力でひっぱると、最も弱いリングが切れる。
リングの弱さを責めてもいいが、
ここにかかった強い力はどこからきたのかを
知らなければならない。小泉改革をありがたがった人々よ。
反省して欲しい。彼に権力を持たせてしまったことを。
Commented by 収集家 at 2008-07-27 01:07 x
彼は、
未来を奪う概念がどれほど残酷であるか
誰が見てもわかるよう強烈に表現し、
そして二度と再び自分がその概念に縛られることがないよう、
親の概念とは反する新たな束縛に身をゆだねるべく、
法によってすみやかに自身が拘束され、
自分が具現した悪が自身と共に裁かれることを目的としています。
Commented by 伏見桃山 at 2008-07-27 03:29 x
このようなとんでもない事件がおきると犯人を譲歩するような報道があるがこれは大きな間違いである 大昔なら即刻犯人が殺されてもおかしくなかった 要するに個人より社会のルールが優先した だいたい犯人がおとなしかったとか気が小さかったなんて関係ないじゃねえか 言いたい事があるなら当事者に向かって堂々と言えよ 自分より立場の上の者にたいしてはぐうの音も出ないくせに弱いものにあたるなんて最低だよ
Commented by こころ at 2008-07-28 00:56 x
こんな犯人がでてくるのは 社会が悪いとか 親が悪いとか、
環境が悪いとか そんなもの以前の問題として 本人が悪い。

誰のせいでもない。犯人本人のせい。 甘ったれた 依頼心の強い、
心の弱い人は すぐ人のせいにする。社会のせいにする。ジョーダン
じゃない。

いじめられた経験のある人、親が貧しい人、親のいない人、
就職先がなかなかみつからない人だって 世の中にはたくさんいて
みんな 毎日 一生懸命生きて、努力してるの。

こんな しみったれた 他人のせいにして生きてる人なんか
いらない。 

自分自身にしっかり向き合って、懸命に努力して 自分の人生を
自分で 切り開いていってください。 何歳になってたって、
自分の気持ちがやる気になれば できます。

何のために生きてるのか。 人を殺したり、憎んだりするために
いきてるんじゃない。 社会の、そして人の役に立つために 
いきてるんだから。
Commented by 通行人 at 2008-07-28 14:00 x
硫化水素による自殺を煽る行為も、菅野昭一の取った行動も同じ人殺しである。

ただ、犯人の顔が見えるか見えないかというだけで、本質は同じである。
Commented by ぶじこれきにん at 2008-07-28 17:04 x
八王子通り魔事件で知人が「繁華街で何が起きるかわからない」とコメントした。菅野を凶行に駆り立てた背景、分析もせず通り魔の犯行で繁華街の秩序が破られた漠然とした不安がその言葉の裏にある真意だろう。
Commented by ふんどし猫 at 2008-07-28 18:24 x
> 自分自身にしっかり向き合って、懸命に努力して 自分の人生を
> 自分で 切り開いていってください。 何歳になってたって、
> 自分の気持ちがやる気になれば できます。

こういう押し付けがましい無責任な励ましが、心に傷を持つ人々を逆に追い詰めていることに早く気付いてほしいものです。
Commented by ripit-5 at 2008-07-28 18:52 x
常識的に云えば、殺された側の立場からすればこれは不条理そのものであって、そのような事件に巻き込まれた人に対する悲しみと犯罪者への憤りは良くわかるのです。ですから、ともすると加害者に立っているような論調が広がることに異議を申し立てるのは全く納得できることです。

その上でやはり何故にこれほど無差別な暴行が続くのか。メディア連鎖もあるのかもしれないが、それにとどまらない社会構造的な変化の影響があるとしか思えない。そのような時代環境が背景にあるとしか思えない。
 その変化に敏感にならざるを得ないのがもう一方の社会的雰囲気ではないかと思うのです。

その意味で、ブログ主の方が種々問題提起されることは我々も真摯に考え、社会に、あるいは政府の政策の結果に問題がないか?と。そんな時代に今あるのだと私は考えます。

貧困問題や自殺問題を考えるとき、当事者やその支援者たちとその立場から距離がある人々との間の認識のギャップは悩ましい問題ですが、そのギャップが現在、格段に埋まりつつある気運を感じています。
Commented by 収集家 at 2008-07-28 22:24 x
「殴られない少年は、塩の入っていないスープ」という諺があります。
殴るではバッシングを受けるでしょうから、戒めるにしましょうか。


DVではなく、甘やかしという方法で個の否定がされる場合
それを拒むことが出来る子供は有り得ません。
「物を与えること」と「ひたすら一緒にいること」だけが基本で、
親は躾を放棄し、対話もせずにペットとして接し続けるので、
子供は、協調性はおろか普通のコミュニケーションも困難になります。
この家庭が子沢山である理由は「成犬になると可愛くないから」でしょう。

親にとって子供は自分のためだけの娯楽であるので、
子供は精神的自立の糸口を断たれ、自分の存在価値を理解出来ません。
恵まれ、守られ、際限ない不安に陥ります。

統計でも、我が子が加害者になる不安を持つ親が増えているのは
子供の心理から目を背けている自覚症状があるからです。

助言を受けられない人のために子育て指南が必要です。
義務教育に具体的な道徳学習を追加すべきです。

「人を殺して交番に向かう人間」をなくすために。
Commented by 不定期読者 at 2008-07-30 06:56 x
「人間の心の奥の狂気に不感症な者は、塩の入っていないスープ」」

私は、中学卒業後は誰とも(肉体的な)喧嘩をしていないし、誰かを本気で憎んだことも無い。それでも、「20代後半の仕事が絶不調だった時期、彼女とも別れて気分は最悪。何とか耐えていたら、嵐は去って事態は好転。でも、あの時、さらに不幸の追い討ちが有ったら、暴発していた可能性も、万に一つくらいは・・・」みたいな感覚はあるよ。こういう「人生のヒヤリハット」体験は、多くの人が持っているのでは?

収集家さんの御意見は、一つの正論かも知れないが、「普通人(特に御自身)」と「犯罪者」を、余りにクッキリ峻別し過ぎている気がする。
Commented by 収集家 at 2008-08-02 01:54 x
不定期読者様へ.......親に偏りがある場合、子供には親が尺度なので、他の物差しでないと計れないものに突き当たると窮します。あなたが「」内に書いた内容は常人の葛藤です。あなたはたった1本の物差ししか持っていない人ではないはずです。


親が子供を玩具にし、躾を放棄すると、結果子供は感情をコントロール出来ないキレやすい人格になります。でもそれは親によって植え付けられた習慣であって、突然それに気付くことがあります。

いい歳になっても小遣いをもらい、ベッタリ母親とコンビニに行く息子。父親の言葉に字幕をつけましょう。「うちの犬がよその犬を噛み殺した?そんなことを言われても。うちはちゃんと餌も与えて散歩も連れて行っている。他に何をしろというんですか。」これは事実のはずです。

キレやすい上に、過保護の為にひどく不器用ですぐにケガをすることが更に彼の希望を奪ったでしょう。自分が殺した人の側に財布や診察券が入ったリュックを置いて身ひとつで30分かけて300m移動し、交番の前で職務質問を受けるまで、精神的・技術的に社会に適応出来ない人間にされた自分が犬を辞める方法が他にないと、彼は考え続けたはずです。
Commented by 名もなき読者 at 2008-08-03 20:35 x
犯人の菅野昭一は「会社員」と報道されることが多かったのですが、本当は契約社員だったそうです。『週刊金曜日』にでてました。

契約社員なのに「会社員」と書くのは、正社員であるかのような印象を与える紛らわしい書き方です。
今回の事件を非正規雇用による問題とは無関係の事件という印象を市民に植え付けようという、マスコミの印象操作ではないでしょうか。
Commented by jones at 2008-08-08 22:12 x
収集家さんとても参考になりました。

自分は人間元は平等だと思ってます(内面的に)。
要は人間、生まれたときは体の大きさなどの外面的な違いはあっても、
内面的なものはほとんど同じだと思ってます。

特別に音楽に優れたり、スポーツに優れたりする人はいるかも知れませんが、基本的に音楽や運動神経や性格すらも環境で大部分が決まると思います。

「環境が人を育てる」という言葉を聴いたことがあると思いますが、自分もこのとうりだと思います。
環境とは生活してる場所や時代などももちろんですが、友達なども環境の一部と考えてます、その中で一番影響力のある環境が親だと思います。

Commented by jones at 2008-08-08 22:48 x

世の中にはいじめをうけたりなど菅野昭一と似た環境だった人がいるかもしれないが、その人たちがなぜ同じような行動をとらなかったかと言うと
、似た環境であっただけで決して同じ環境ではなかったからだと考えます。
また、自分はこの世に全く同じ環境で育った人いない(たとえ兄弟でも)と考えてるので、菅野昭一の気持ちを完全に分かる人はいないと思います。
ただ、この事件に限らず殺人などの事件はもちろん犯人が悪いことは確かです、でも原因は犯人が生まれてから事件を起こすまでの環境に“必ずある〟と思います。生まれながらに殺人を考える人はいません。

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