彼女がいない - 加藤智大の自虐ひがみモノローグと新自由主義
加藤智大より少し若かったとき、休日の朝、初めてよみうりランドに行き、そこで観覧車に乗った。暫くすると、一緒に乗った女の子が不意に目を瞑って、こちらに唇を突き出してきた。私は固まり、そのまま何もできず、ただ混乱し狼狽して、視線をカーゴの外に広がる多摩丘陵の方に逸らしていた。多摩川が見え、ああここが飛雄馬がバスに乗って合宿所から二軍の練習に通った場所だなと、そんな昔の野球マンガの記憶と想像で意識を埋めて、観覧車が下に降りるまでの長い時間を待った。間が悪く、気恥ずかしく、自分の臆病と無能に萎えた。楽しいはずの合同ハイキングで、その後はすっかり元気を失い、気分が落ち込んだままだった。一時間前に初対面して挨拶を交わし所属部署を聞いたばかりの子。東京の女の子は積極的だぞ、田舎じゃ考えられんぞと、上京する前に東京の大学へ行った連中が話をしていたが、あの話はやはり本当だったんだとそんなことばかりが頭の中を廻り、あの女の子に悪いことをしたのだろうかとか、あれでよかったのだろうかとか、後悔と憔悴と昂揚の気分が交錯する中で、若者にとっての東京の魅力を存分に感じ、東京に出てきてよかったと思った。 

そこに就職してよかったとも思った。仕事の関係で、独身の新人の男だったから、そういう機会に呼んでもらっていたのである。同じく独身の新人の女の子が集まっていて、それはHRがレクで企画してくれた若い男女の出会いの場だった。そういう体験を持っている人は多いだろう。そこで伴侶を見つけた人も多いだろう。昔の日本の企業は若い社員たちにそういう男女交際の機会提供の面倒を見てくれていたのである。加藤智大の「彼女がいない」「彼女が欲しい」を私は簡単に見逃せない。これは大きな問題だ。犯行に至る動機の解明において欠かすことのできない重要な要素であり、どのような問題かを考えて言わなくてはいけない。もっと努力しろとか、人を殺すくらいの勇気があるのなら彼女の一人くらい掴まえろとか、簡単に言うけれど、それはやはり違う。昔の日本の終身雇用制の企業社会というのは、職場恋愛と職場結婚がきわめて多かった。企業が職場結婚を奨励していて、人事は女子社員を採用するときに男子社員にとっての「良妻賢母」の資質や条件を前提にしていた。よくも悪くも。われわれの世代は言わば職場結婚の世代であり、その前の世代がお見合い結婚の世代である。

両性の合意にもとづく結婚と言いつつ、結婚はやはり社会が媒介している。社会のサポートと半強制の契機がある。組織の支援を受けながら恋人を得たり伴侶を得たりしてきた人間が、そうした方面での組織の支援を受けられない現代の派遣労働者の若者に自己責任を押しつけるのを私は許せない。われわれの場合は、社会がお膳立てをしてくれた上で僅かの自助努力をすればよかった。突き出してきた唇に自分の唇を押しつければよかった。社会が機会を与えてくれていたのだ。年収200万円の加藤智大の給料での生活を想像すると「自助努力」は相当に困難だろう。われわれは恵まれていた。彼女を見つける。彼女を探す。それはどうやってやるのだろう。会社のHRがそういう機会を提供するのでなければ、会社の同僚でそういう機会提供の社会保障システムを作らないといけない。数年前に藤原紀香が携帯電話の静止画撮影転送機能を宣伝するコマーシャルで出てきた合コンのシステム。今、あれができるのはきっと恵まれた正社員だけで、派遣労働者は絶対にできないはずだ。派遣同士で合コンの企画は無理だろう。正社員の合コンに派遣社員は呼ばれるだろうか。費用の捻出の問題があるではないか。

派遣社員が正社員に合コンに誘われる場合を想定すると、むしろパワハラの契機すら頭をよぎる。20代の働く男の子が職場以外で交際相手の「彼女」を作ろうとすれば、恐らくきっとその前に多くの男の友人を作る必要がある。同性の友人のネットワークを作り、点ではなく面の交際範囲を持たないといけないだろう。同性の友人を持つためには、性格や努力や偶然も大事な条件だが、やはり趣味を持つ必要がある。趣味を持つためには、そう考えると、最低限の所得は必要だということになる。恵まれていたわれわれの過去の境遇を振り返ると、夏はテニス旅行で信州、冬はスキー旅行で上越や信越というのがあった。少なくない若い労働者がその機会を持てる立場にいた。スキーは金のかかる趣味で、板とウェアを買い揃えると5万円とか10万円とかが飛んだし、1回のスキー旅行で2万円とか3万円はかかったはずだが、それでも若いサラリーマンは頻繁にスキー場に行った。年収200万円でボーナスがなく、健康保険も自前で払わされている加藤智大には、この趣味に参加するのは至難の技だろう。趣味は境遇や所得の水準で決まる。貧困者がネットにコミュニケーションの場を求めるのは、外に世界を広げる経済的余裕がないからだ。

ネットが安上がりで手軽なコミュニケーションの世界を提供してくれるから、だから貧困者がネットに集まるのであり、ネットに人間関係を求めざるを得ないのである。マルクスは、意識が存在を規定するのではなくて、存在が意識を規定するのだと言った。存在が意識を規定する。加藤智大の意識も加藤智大の生活によって規定されていて、その生活は収入によって規定されている。そう言えるのではないのか。加藤智大が「彼女」の存在を欲していたというのはよく分かる。それは孤独を癒し慰めてくれる存在であり、欠乏を埋める存在であり、そしてかけがえのない精神的な支えの存在だ。家族になる前の相手の存在だ。自分の子供を産んでくれるかも知れない相手だ。それを強く求める精神の方が正常で、欲求が小さいほど不自然で、無くても欠乏感を感じない方が異常だと言える。新自由主義は古代奴隷制を理想とする思想であり、「負け組」を人間ではなく奴隷にする。奴隷には結婚は許されず、家族を持つことはできない。現在の日本の社会は、「負け組」の若者たちに結婚を許さないのである。両性が結婚して家庭を持つためには最低限の金が要る。派遣労働のシステムは労働者の結婚を前提にしていない。結婚の保障をせず、次世代の誕生と生育を前提しない。

人口減は海外の安価な労働力の輸入で解消するのであり、その方が日本人より安上がりで不満も言わないから都合がいいのだ。世代継承、つまり結婚と家庭と生命の再生産は「勝ち組」だけの特権となり、「負け組」はその代でDNAの複製を終えるのである。絶滅するのだ。「勝ち組」の日本人だけが特権貴族として残る。労働力は外国人が提供する。古代ローマの社会。政治がそれを象徴的に暗示しているではないか。森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、町村信孝、中川秀直、山本一太、小沢一郎、鳩山由紀夫、全部2世ではないか。世襲貴族しか権力を持てないではないか。加藤智大は、携帯掲示板サイトの自虐モノローグの中で、「勝ち組」の男たちが女を全て独占してしまっているから「負け組」の自分には割り当てが回ってこないのだと愚痴っていて、それに対してマスコミ言論人が加藤智大のひがみ根性を猛然と批判している。だが、実際のところ、非正規労働が体制化された現代の社会では、金と権力については確実にそう言える。女はどうか。男と女は等しい数が地上にあるはずだが、結婚できない(結婚する条件と能力がない)男を交際相手に選ぶ独身女性はいないだろう。よほど別の条件を持っていないかぎり。それが加藤智大の言う「顔」だ。

加藤智大の自虐モノローグは、瑣末で身勝手な愚痴でありながら、格差社会という構図から捉えれば、実に本質的で論理的な主張なのである。不幸なのは「負け組」の若い男だけではない。女も同じだ。どれほど結婚相手を探そうとしても、結婚できる条件と能力のある男を見つけることができなければ結婚できない。女が男を選ぶように男も女を選ぶ。女の方も結婚できない。オットセイのハーレムのように「勝ち組」の男に論理的に所有されながら、遺伝子を複製する結婚を掴むことはできないのである。女は自分と自分の子供を幸福にできない男を愛することはできない。格差社会というのは、太古から継承されてきた大量のDNAが死滅を余儀なくされる残酷な社会であり、日本人の生粋の人口が一気に減少する社会である。派遣労働者に一度なれば、男も女も死ぬまで待遇は同じなのであり、30になっても、40になっても、50になっても、ワンルームマンションの寮と工場の現場を往復する独身労働者で、月給は20万円で変わらず、食事はコンビニの弁当で、趣味はアニメとゲームであり、コミュニケーションは携帯掲示板サイトのモノローグと揶揄と罵倒なのである。そして少しでも社会に不満を漏らせば、マスコミ評論家やネットの新自由主義者から罵声を浴びるのだ。

おまえが無能で人間のクズだから仕方ない。生きるのがイヤならさっさと死ね。くやしかったら努力して金持ちになれ。格差はいつの時代でもある。日本の格差なんか他の外国と較べたらずっとましだ。そんなに資本主義がイヤなら中国か北朝鮮に行けよ。

【世に倦む日日の百曲巡礼】

1982年の シャカタク のヒット曲で 『ナイト・バーズ』 を。

覚えてますか。この当時、日本で大ブームを起こしたフュージョンの代表曲ですね。軽快なテンポで、オルガンのメロディラインがシャープで、抜群にセンスのいい曲。高層階のカクテル・バーで、マンハッタンかなんか飲みながら聴くのによさそう。

唇を合わせなかったのは、確かに臆病や無能だったせいもあるけれど、思い返してみると、そのレクは組織のオフィシャルなイベントであり、もし勇気を出して唇を突き出して、それが誰かの口から漏れて噂が広がれば、私たちは組織公認の仲になって、そのままレールに乗って(乗せられて)めでたく結婚していた(させられていた)かも知れない。


そのことを本能的に察知したから、体が固まって何もできなかったのかも知れない。組織がプライベートに及ぼす力というのは、当時はそれほど強く、例えば結婚した二人が仲が悪くなっても、組織の力で破局を未然に防ぐ力があった。結婚というのは、社会や組織と無縁で個人だけでやっているようで、実は個人だけでキャリーしている例は稀だ。媒酌人とか。
社会にサポートされて出会い、恋愛をし、社会にサポートされて結婚している。
by thessalonike5 | 2008-06-12 23:30 | 秋葉原事件 | Trackback | Comments(27)
トラックバックURL : http://critic5.exblog.jp/tb/8775803
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by ぶじこれきにん at 2008-06-12 15:41 x
加藤のメッセージは恋愛格差、仕事格差を露呈してそのメッセージは本質を突いている。この生きにくい世の中への批判、抗議と私は受け取る。
 人を殺すというリスクの伴う抗議しか選択がない。やり場のない怒りと鬱憤を私は感じた。
Commented by e at 2008-06-12 15:57 x
つらいコメントだ。でも的確に新自由主義を捉えていると思う。小泉をかっこいいとか持ち上げていた巣鴨あたりにいた庶民は自分らの一票が今のどこにも出口のない状況を作ったことを、自覚なんかしてないだろうな。奴隷側の人間が、幻想と無知の上に立ち、にっこり笑う支配者たちにプレゼントした一票。おかげで若者の卒業後の職業選択の一つに、今まで無かった「派遣」が加わった。先の見えない職業が。
Commented by Re:Q at 2008-06-12 16:39 x
はじめまして。事あるごとに拝読させていただいております。

 加藤智大の自虐モノローグを容認してしまうのは、格差社会そのものを容認してしまうのと等しいと思います。
 私も新自由主義は底が浅いばかりでなく多くの普通の人々を不幸にする考え方だと思っておりますが、これとは違う価値観を提示できなければ何を言っても虚しいと考えます。
 閉塞した状況に風穴を開けるのは絶対にナイフなんかじゃありませんから。
Commented by すごい。 at 2008-06-12 16:39 x
すごい。この分析力。的を得ている。
Commented by kiran at 2008-06-12 18:28 x
勝ち組などと言われる人は,負け組の存在なくして成り立ちませんよね。人間の絶望感は,暴発の仕方はそれぞれ,その一つだと思い知らされました。ありがとうございます。
Commented at 2008-06-12 18:41 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 三浦半島出身 at 2008-06-12 20:17 x
今度の事件に関する考察はとても鋭いですね。
こういったことは恵まれた人々はあまり口に
したがらない問題ですよね。
(まあ中小企業に勤める人は常にこういう問題を
抱えていたと思いますけれど。)
今日のエントリーは息を飲むような気持ちで読ませていただきました。

シャカタクもいいですね。若い頃ラジオや有線放送で聴いたことがある懐かしい曲がまた聴けるのは嬉しいです。
Commented by こんにちは。 at 2008-06-12 22:15 x
こんにちは。

現代奴隷制ですか。鋭い分析にさらなる深刻さを。

どうなんでしょう。昔いた地域を地盤とした顔役的世話役的名士的政治家たちとは違い現代の世襲的政治家や職業的政治家たちにとって、彼らのような低所得で生活基盤も寮やワンルームで住民票も浮動的で投票権が例えあっても棄権しそうでかかわっても何らかの利益を生じるとは考えないのではと思いますよ。

では。
Commented by Re:Q at 2008-06-12 23:10 x
ちょっと疑問点があります。

同性の友人を得るためには趣味が必要。しかし趣味を持つにはお金がかかる。そうでしょうか?低所得であってもネットは使えるわけですよね?ネットには無数の趣味のタネが転がっていると思います。小説だって青空文庫で無料で読めますし、音楽だってタダで試聴できるものもあります。マンガもあれば、YouTubeだってあります。昔では考えられないくらい安くいろいろな娯楽やデータベースに接することが出来ます。その中から自分の趣味を見つければ、たとえネットでもちゃんとした同好の士と出会う事は出来ます。オフ会なんて今では普通の風景です。…ですから低所得者は趣味が持てず、負のスパイラルが孤独地獄をもたらすというのは頷けないのです。
…シャカタクはいいと思います。


Commented by 八朔 at 2008-06-13 00:40 x
Re:Qさんへ
低所得は趣味がモテナイへの疑問。

要約ですけど、趣味を持っても低所得では「深く楽しむ事が出来ない」、もしくは「趣味を維持する事が出来ない」と書かれていますよ。

ネット社会で同好の仲間を集めて、オフ会を行うにしても其処までの資金を如何捻出すべきか、そして趣味の会話を楽しむにしても、趣味への資金力投資の差を痛感して落ち込む場合もあります。

ストレス発散となるべき趣味でさえも、「勝ち組」「負け組」で差別されるという現実、逆にストレスが増すばかりですよ。


私が思うに、昇給の機会も無い、正社員への道も無い、生活も不安定、趣味を維持・楽しむ事も出来ない、年齢と共に体は弱ってくる、福祉政策も当てにならない、現状の厳しい原因は全て自己責任で片付けられ、更なる追い討ちを掛けれられば、どんな人間でも絶望します。

生きる楽しみは、どこかで社会への何らかの貢献を果たしている自負心があるはず。
立派に仕事していると誇りをもって言えますか?仕事に誇りを持てますか?
社会貢献の自負心も無き現代の格差社会は、奴隷制度でしかない。
未来は暗い。
Commented by koala at 2008-06-13 01:06 x
すばらしいです。このエントリーは最高です。本当に考えさせられ、身につまされるエントリーです。
このような解説記事を読める事ができるという事が、どれほどありがたいことか、本当にネットは素晴らしいですね。
そのれ引き換え、新聞社の解説記事は、どうしてうわべだけの記事なのでしょうか?
このエントリーは多くの人に読んでもらいたいです。
Commented by meiden at 2008-06-13 05:05 x

だれしも責任を他人に押し付けて自分は悪くないと思い込みたがる
ものですが、昨今の若い人の自己を棚に上げて
なんでもかんでも社会の所為にしようとする態度は目に余る。

Commented by 八連隊 at 2008-06-13 09:42 x
人生良いときも有れば、悪い時もある。
元々資源の乏しい国である事を皆忘れ、日本人はいったい何を追い求めているのでしょうか?それとも何かに追われているのか?

学歴、金、豪邸、ブランド、女、、、友人、、、家族、、、、
加藤智大自身も良く判らなかったのでしょう。

容疑者の親も判らないのに、ましてやTVのコメンテーターや学識者の適当なコメントは見ていて腹が立ちます。



Commented by 収集家 at 2008-06-13 15:27 x
時々興味深く拝見しております。今回の事件についての内容は前のものも併せて特に鋭い見解ですね。大変驚き、勉強になりました。

加藤智大は誰かに止めて欲しかったと供述していますが、自分を人間として認識しコミュニケーションしてくれる相手を切望していたでしょう。それは母親に人間としての尊厳を認められず所有物のように育った過程があります。

我が子のペット化が日本中で行われています。彼女が出来ないのは顔のせいではなく、自分が親に物体として扱われたから、自分も人をまともに扱えない、その極端な延長で無差別殺人がおこなわれ、被害者に謝罪の気持ちがないということに至ります。

彼の母親は会見で泣き崩れ腰を抜かし這って玄関に戻ったそうですが、全て自ら発したことだと認識したでしょうか。日本の未来を背負う新しい世代を育てる女が、愚か者ばかりでは問題だということを解決出来る糸口はどこにもありません。どうしましょう。
Commented at 2008-06-13 22:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by poro at 2008-06-13 23:13 x
悶々とした諦観の中から・・
五木ひろしの「暖簾」を聴いている。
加藤智大は聴いたことがあるだろうか・・。
Commented by ds at 2008-06-14 00:37 x
正しく、やりきれない見解だと思います。

もちろん、犯罪者は許されません。決して容認してはならない。
ですが、二世議員の群れでは彼らをフォローすることができない。

加藤は永久に許されませんが、
彼は驚くほど正直に「寂しい」と言っている。
他の人間のように格好をつけてごまかすことができず、
何とかして生きる意味を求めた。
それは今の日本の若者の大半が共有する閉塞感であり、
あまりにも素直な彼の書き込みには、
泣けてくるものがあります。


対案を考えてみます。
悪者探しは無意味でしょう。

ネットにはけ口を求めるのなら、既出ですが「オフ会」に流れ易い
サイトや掲示板を増やし、「陽」の方向に彼らの予備軍を持っていく。
そこでも格差に落ち込むとしても、同程度の収入の仲間にも
多く出会えるはず。寂しいなら、こもるより断然いい。

経済全般でいえば、非正規雇用者を正社員化する企業努力が
一部で始まっています。政府がこれを支援すべきでしょう。

大変青い考えですが、経済的格差を是正し、皆が幸せになることを
望みます。



Commented by タクマイスト at 2008-06-16 17:20 x
真にそのとおりです。
ただ加藤氏は叩く場所を間違えましたね。
社会の勝者に打撃を与えるならば、宅間様のように国立小学校を
叩くべきでした。
はっきり言って今の弱肉強食社会を変えるには力に
訴えるしかありません。
Commented by タクマイスト at 2008-06-16 17:25 x
勝者が震え上がってみなが人間らしく生きる権利を
保障するまで。
宅間氏や加藤氏のような方法でしか
格差社会は変えられないのです。
Commented by 某会社契約社員 at 2008-06-16 22:51 x
私は加藤容疑者に勝るとも劣らない状況で働いている男です。
あと2年で30になりますが、給与体系はほぼバイトと変わらず、付き合っている彼女を養える状態ではない日々を送っています。
そんな状態ですから、私はこの文章が私に向けられるかのように読ませていただきました。
悲しい内容ですが、肯定せざるをえないことが書かれていると思います。

尚、加藤容疑者は秋葉原を狙わず、派遣元会社や派遣先会社の上層部、もしくは永田町や六本木ヒルズ等、勝ち組の溜まり場を狙って犯行すれば、もっと格差社会の是非を問いかけるきっかけとなったのではないかと思います。
秋葉原で通り魔では、彼の行動は全く誇れるものではありません。

長くなりましたが、これからもこのブログを読ませていただきたいと思いました。
Commented by 同じ歳 at 2008-06-26 18:42 x
私は加藤容疑者と同じ歳です。

終身雇用世代の親から生まれ、育てられてたのは加藤容疑者であり、私でもあります。今後、どのようにしていけばこのような事件がなくなる考えましたが、増える要素しかないですね。
戦争中は自殺や殺人が減ると言われています、平和な時はその逆です。
便利になりすぎた世の中、何をするにも自分考え、工夫する必要がなくなった気がします。
ただこれかも変わらないのは人間関係です。ボタン一つで何でもできる世の中なのに、人とコミュニケーションが取れなかったり、メールに依存してしまったり・・・
携帯でブログに熱中するより、楽しく酒でも飲める友がいれば、こんな事件は起こさないですんだのかもしれない。
時代の流れが速すぎて人間がついていけてないような気がします。



勝ち組・負け組なんてだれが決めるんだ。ばかやろー
Commented by M.Y. at 2008-07-03 20:58 x
この事件、ずっと考え続けていて、googleで検索して全文読みました。事件に関して、いろんな人のコメントや記事を読んできましたが、今までで一番考えさせられる文章でした。
Commented by のの at 2008-07-05 22:20 x
加藤の掲示板での吐露は正直なところだと思いますよ。
色々格差社会についての言及された意見は他でも読みましたけど、
恋人が欲しいという意見について、書かれた意見はあまり見ませんでした。
ここが、本質だと思うんですよ。
ちなみに、金のかからない趣味で出会えばよかったのにとは
俺も思います。
ナンパしてる人もいるし。だけど、加藤は無差別殺人はできても、
ナンパはできなかったんですね。
Commented by 山 マサ at 2008-07-08 00:15 x
 週刊誌記事の、いわゆる識者とかいわれる人のコメントより、数段読み応えがありますね。おっしゃる通りでしょう。動物をみても解るように、ひとの本質はもともと自己中心の発想であって、後の経験や失敗から学んで、利口になるというよりも、自己防衛に長けてくるだけなのだから。防衛しても絶望なら弾けるしかないかもね。でも加藤は五体満足な男で、しかも若い。人生の結論を出すにはちと早かったような...。例えば、試合前のプロボクサーの生活なんかを知れば、案外、考えかたが違ったかも、とも思うんだ。
Commented by 高原 at 2008-08-02 06:15 x
>収集家さんへ
それは母親に人間としての尊厳を認められず所有物のように育った過程があります。

上記の件に関してですが、とても理解はできます。しかし、実際問題として私の友人に加藤以上に両親に所有物として扱われた奴がいます。そいつがある日母親に「俺はあんたらのロボットじゃない」と言ってしまったくらいひどかったそうです。しかしそいつは、今本当にしっかりとした社会人として生活しています。ぶっちゃけた話、そいつは容姿もよくなく彼女が一度も出来た事はありません。しかし、普通に社会人として生活できています。それを考えると、あくまで私見ですが、「母親に~尊厳を認められず扱われた過去」だけでは、一概に加藤のようにはならず、収集家さんの意見プラス、本当の友達が出来なかった事にむしろ私は原因があるように思うのです。意見はひとそれぞれですが、私自身実際問題そういう人間がまわりにいたのでこういう事が考えられたわけですが。私は10代の頃から考えてましたが、自殺する人や加藤被告のような人は、真の友達、何でも心置きなく話せる友人が最低一人でもいなかった人だと考えています。それは私の色々な体験からもそういう結論を導き出しました。
Commented by hiranipra at 2008-08-12 18:32
記事とは何の関係もないんですけど

加藤を被害者だとする向きには私は真っ向から反論したいと思います

まるでオタクで貧乏で友人や恋人がいなかったことが
犯罪の引き金になったように喧伝されていますが
彼が凶行に走ったのは彼自身が生まれ持ってきた
傍若無人で攻撃的で刹那的な性質からだと思います

もし境遇や所得や人間的な資質が犯罪のきっかけになるのなら
彼よりも低いコミュニケーション能力を持ち彼よりも所得が低く
彼よりも恵まれていない私は今ごろ米軍基地にでも吶喊して
高速弾で射殺されて壮絶な烈死を遂げていなければなりません

貧困が絶望を呼び無差別殺人に駆り立てるのならば何故、
彼らは例外なく中流家庭に生まれ育っているのでしょうか?

私はオタクであることや恋人がいないことを
殺人の理由にするようなオタクを許しません
私たちオタクで貧しい若者にとって加藤は勇者ではなく絶対なる敵です
私たちは加藤のような人間とは完全に対立する立場にあります

負け組だから殺人を犯すというなら私は加藤を殺したい
私たちの自尊心に傷をつけたのは加藤であり格差社会ではない
Commented by TO at 2009-01-20 17:19 x
 やっぱり、現代の若者が育っている家庭、社会環境はおかしいですよ。
個人は他人や社会に責任を転嫁するのはいけませんが、
事実は事実としてそこに存在することを自他共に認めるべきだと
思います。
犯罪者は作られるものです。
包丁自体に善悪はないのですね。

 
名前 :
URL :
非公開コメント
※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。
削除用パスワード設定 :
< 前のページ 昔のIndexに戻る 次のページ >

市場予測 08/1/4


世に倦む日日
Google検索ランキング


下記のキーワード検索で
ブログの記事が上位に 出ます

NHKスペシャル 激論2009
竜馬がゆく
花神
世に棲む日日
翔ぶが如く
燃えよ剣
王城の護衛者
この国のかたち
源氏物語黄金絵巻
セーフティネット・クライシス
本田由紀
竹中平蔵
皇太子
江川紹子
G20サミット
新ブレトンウッズ
スティグリッツ
田中宇
金子勝
吉川洋
岩井克人
神野直彦
吉川元忠
三部会
テニスコートの誓い
影の銀行システム
マネー敗戦
八重洲書房
湯浅誠
加藤智大
八王子通り魔事件
ワーキングプアⅢ
反貧困フェスタ2008
サーカシビリ
衛藤征士郎
青山繁晴
張景子
朱建栄
田中優子
三田村雅子
小熊英二
小尻記者
本村洋
安田好弘
足立修一
人権派弁護士
道義的責任
古館伊知郎
国谷裕子
田勢康弘
田岡俊次
佐古忠彦
末延吉正
村上世彰
カーボンチャンス
舩渡健
秋山直紀
宮崎元伸
守屋武昌
苅田港毒ガス弾
浜四津代表代行
ガソリン国会
大田弘子
山本有二
永岡洋治
平沢勝栄
偽メール事件
玄葉光一郎
野田佳彦
馬渕澄夫
江田五月
宮内義彦
蓮池薫
横田滋
横田早紀江
関岡英之
山口二郎
村田昭治
梅原猛
秦郁彦
水野祐
渓内譲
ジョン・ダワー
ハーバート・ノーマン
アテネ民主政治
可能性の芸術
理念型
ボナパルティズム
オポチュニズム
エバンジェリズム
鎮護国家
B層
安晋会
護憲派
創共協定
二段階革命論
小泉劇場
政治改革
二大政党制
大連立協議
全野党共闘
民主党の憲法提言
小泉靖国参拝
敵基地攻撃論
六カ国協議
日米構造協議
国際司法裁判所
ユネスコ憲章
平和に対する罪
昭和天皇の戦争責任
広田弘毅
レイテ決戦
日中共同声明
中曽根書簡
鄧小平
国民の歴史
網野史学
女系天皇
呪術の園
執拗低音
政事の構造
悔恨共同体
政治思想史
日本政治思想史研究
民主主義の永久革命
ダニエル・デフォー
ケネー経済表
価値形態
ヴェラ・ザスーリッチ
李朝文化
阿修羅像
松林図屏風
奈良紀行
菜の花忌
アフターダーク
イエリネク
グッバイ、レーニン
ブラザーフッド
岡崎栄
悲しみのアンジー
愛は傷つきやすく
トルシエ
仰木彬
滝鼻卓雄
山口母子殺害事件
ネット市民社会