
最近めっきり聞かなくなった言葉の二つ目、それは
「政権交代」である。新聞でもテレビでもその言葉を聞く機会がぐっと減った。BLOGの世界でも、半年前は民主党の応援に熱中していた無邪気な「政治ブロガー」が、一日の記事の中で10回から20回は熱狂的に「政権交代」を連呼していたが、最近はめっきりトーンダウンの様相を呈している。朝日新聞の紙面では、先週5/23の政界面に民主党の次の選挙のマニフェストに関する記事があり、そこに一回だけ「政権交代」の言葉が出ていた。Googleで
検索を試してみると、先週のニュース記事が全く出てこない。「政権交代」の言葉が熱を失っている。「改革」が国民を政治統合するシンボルとしての機能を喪失しているのと同じように、「政権交代」が国民の政治的期待を象徴し導引する言語としての威力と磁力を失いつつある。言わば政治言語としての減価償却が進んでいる。そして「政権交代」をリプレイスして、今後の政治を語るときに頻度を上げた言葉がある。

それは「政界再編」である。政権交代の後退と政界再編の浮上。これが今年に入ってからの半年間の日本の政治のキーのトレンドだと言えるだろう。政権交代はリアリティを失い、言葉の輝きと響きの積極性を失い、今ではリアリティは政界再編の方にあり、人々の関心もそちらの方向に動いている。政権交代への期待と関心が薄くなった。仮に次の選挙で民主党が「政権交代」のスローガンを前面に出しても、その標語に有権者が期待を寄せる熱量は昨年の参院選ほどではないだろう。昨年の秋から冬にかけて、新聞でもテレビでもネットでも、毎日毎日「政権交代」の言葉が踊っていた。どうしてこれほど政権交代の熱が醒めたのか。民主党が参院選で大勝したとき、彼らが選挙で公約したことは、①「雇用を守り、格差を正す」であり、②「医師不足を解消して、安心の医療をつくる」であった。政治BLOGが「政権交代」に熱狂したのは、このまま民主党が衆院解散に持ち込んで、政権交代によって①と②を実現してくれることを期待したからだった。

ところが、小沢民主党はいきなり新テロ特措法を争点にすると言い出し、これで自公政権を追い詰めて衆院解散に追い込む戦術を展開し始めた。昨年秋の国会とマスコミは新テロ特措法ばかりで埋められ、雇用も格差も医療も年金も全く議論されなかった。マスコミを騒がせながら、結局は問責決議案は出されず、新テロ特措法もあっさり国会を通過した。今年に入り、通常国会では医療と年金と格差で政権を攻めるだろうと期待したが、豈に図らんや、民主党が出してきた争点は道路問題で、暫定税率と特定財源の同じ話を延々と半年近くも議論する羽目になった。いかにも自民党と民主党が対決しているようにテレビの政治番組では演出しながら、実は国会の裏では夜毎日毎に魑魅魍魎な「議員連盟」が立ち上がり始め、民主党と自民党の議員が「超党派で政策課題で連携する」べく活発に暗躍している。5/20には麻生太郎と鳩山由紀夫の「地方政府IT推進議員連盟」が、5/4には中曽根康弘が会長で民主党から鳩山由紀夫や長島昭久が参加している「新憲法制定議員同盟」が、5/3には「せんたく議員連合」が発足。前原誠司と小池百合子の小泉勉強会も立ち上がった。

政策連立(パーシャル連合)の動きは日を追って顕著になっている。注意して見なくてはいけないのは、彼らの超党派の政策連携の政策テーマが、格差問題とも無縁で、医療問題とも無縁であることである。こうやって議員連盟を立ち上げれば、その会合を開くことができる。国会の外で会合することができる。夜は料亭で宴会を開くことができる。小泉勉強会は最初から夜の宴会形式で始まった。新聞記者の目を憚らずに密談ができるのである。私の推測だが、今年に入ってからの「議員連盟」の打ち合わせを隠れ蓑にして、かなり緊密な自民党と民主党の間の国会対策(政策協議)が練られていて、国会運営の日程や後期高齢者医療制度の扱いや次の選挙のシナリオが協議され情報交換されているはずだ。マスコミはそのことに気がついてないか、知りながら知らないフリをして、道路問題や後期高齢者医療制度で「シナリオ」どおりの政治解説をして、自民党と民主党が対立しているように見せかけ、国民の政治的関心を醸成し、その政治的関心を満足させてやっている。アカデミーの政治学者は何も気づいていない。「議員連盟」が本当に政策立案を作業していると思っている。

福田内閣の支持率低下について少し言いたい。ブログ左翼の者たちは福田内閣の支持率低下を嬉々として喝采し、それが政権交代に繋がる福音だと歓迎して騒いでいるが、この「支持率低下」が具体的にどのような中身の政治的現実なのか考えたことがあるのだろうか。福田政権の支持率低下の原因は、単に暫定税率や後期高齢者医療制度への批判だけでなく、保守層が外交面で福田首相に失望して不支持に回っているところが大きい。保守層の福田内閣離れは、マスコミの報道が強く影響していて、すなわち中国や韓国に対する柔軟路線が支持率低下に拍車をかけている。もしタカ派の麻生太郎が総理大臣になり、例の「自由と繁栄の弧」で掲げた中国封じ込めの冷戦外交に舵を切れば、麻生新政権への支持率は軽く60%を超えるだろう。政権の政策が東アジアの平和から遠ざかれば遠ざかるほど、その政権が支持される傾向が今の日本にはある。マスコミが表面で出している支持率に一喜一憂するのではなく、数字の裏にある国民の政治意識の真実を見なければならない。われわれにとって本当に必要なのは、「雇用を守り、格差を正す」政権であり、「医師不足を解消して、安心の医療をつくる」政権である。

そのためには何をしなければならなかったのか。小沢一郎が大連立に動いた時点で民主党の参院選の選挙公約は嘘だったと見抜かなければならなかった。民主党に惹き付けられ、マスコミの政治宣伝に頭を漬け込まれ、彼らが操作目的で醸成する「関心」だけをただ鵜呑みにして無批判にBLOGにコピーペーストしていた「政治BLOG」が多かった。騙されるとはそういうことである。テレビに出る政治家や評論家や報道番組のキャスターの発言を信用し、彼らの言説に沿って政治を理解することが騙されるということである。昨年の秋、民主党の唱える「政権交代」を信じてヒステリックに支持の声を上げていた者たちは騙されていたのである。騙されていたという自覚を持たなければならない。時間を無駄にした事実を思い知らなくてはいけない。次の民主党のマニフェストの記事では、消費税についての公約表現をどうするか小沢一郎が悩んでいると書かれていた。5/25のTBSの「サンデーモーニング」では、大宅映子と寺島実郎が消費税増税を当然のように主張して、それに誰も反論する人間がいなかった。このままだと選挙の前にマスコミが消費税増税を既成事実に固める。後期高齢者医療制度撤廃と消費税増税がバーター取引される。

マスコミが消費税増税のプロパガンダをシャワーして、世論調査で消費税増税賛成の数字を固めてしまえば、民主党は安んじてマニフェストに消費税増税を掲げることができる。増税率を+5%にするか、+10%にするか争点になる。増税反対論は「将来の世代に無責任」で叩かれて異端にされるだろう。仮に選挙の争点がそのように設定されたとき、政治BLOGはそれでも「よりましな選択」を主張するのだろうか。山口二郎の言う「より悪くない政治」の選択を政治であると認めるのだろうか。「よりましな選択」論で政治を考える発想の根本的な誤りは、選択肢の設定を権力者(政権・政党・マスコミ)側に握られているという真実に盲目であることである。選択肢の提示を政党やマスコミに委ねてしまえば、彼らは幾らでも市民大衆にとっての可能性を狭め、自分たちの都合のいい選択肢に狭めて二者択一を迫ってくる。今度の社会保障国民会議の発表がいい例だ。「よりましな選択」論者の誤謬と倒錯は、政党は必ず自分たちにサービスしてくれるサービス業者だと思い込んでいることである。サービス業者が顧客である国民にサービス競争をしていると思っている。

その政党論は実は全くの
虚偽意識であり、政党が欲しいのは票と権力であるに過ぎない。小沢一郎は、選挙前には一言も言ってなかった「大連立」に選挙直後に動き、それは公約違反ではないかと咎めた新聞記者に対して、「大連立をすれば政策を実現できて国民のためになると思った」と傲然と開き直った。何とでも言えるのであり、自民党の年金公約(3月までに最後の1件まで完全解決)と同じで、政治家にとって公約とは選挙のときのスローガンであり、票をもらうためのその場の口約束に過ぎない。政党は市民大衆にサービスを提供する事業者ではなく、サービスの競争をしているわけではない。市民大衆は一票の代わりにサービスを受け取ることはできない。マニフェストが商品カタログだというのは嘘だ。政党のマニフェストを信じて一票を投じて待っていても、期待するものは何も返って来ない。商品カタログに「雇用保全」と「格差是正」と「医療再建」とあったから、その政治サービスを購入するつもりで一票入れたところが、結果として返ってきたのは、新テロ特措法国会であり、大連立騒動であり、道路国会であった。約束と違うものが届けられた。これは詐欺ではないのか。
政党は政党のためにしか政治をしない。有権者は道具だ。党利党略が基本である。だから、自分たちの要求を政治で実現するためには、政治を本当に変えるためには、上から与えられる政治をあんぐりと口を開けて待つのではなくて、与えられる政治の選択肢を受け入れるのではなくて、自分たちから政治を作って行かなくてはならない。時間はそのために使わなくてはならず、BLOGもそのために使わなくてはいけない。新しい政党を作ることだ。

【世に倦む日日の百曲巡礼】
祝琴欧州優勝。 今日はブルガリアの ビアンカ・パノバ の新体操を。
1986年のブラザー杯とワコール杯の映像。
ブラザー杯(クラブ)の中継はテレビ朝日、実況は宮嶋泰子だね。
私はとにかくパノバが好きで好きで好きで、テレビに出るときは必死でVHSの録画をした。
キャンディーズに去られた後、めぐり合った最大のアイドルだった。

2年後のソウル五輪のときの映像もあるね。18歳。 クラブ、 リボン、 フープ。
あそこで失敗して無念の涙をのんだ。くやしかっただろう。
そして静かに舞台から消えた。 国名も(国旗も?)変わった。

パノバは私にとって至上の美。
これ以上美しいものは存在しない。
今はどうしているのか。一目でいいから元気な姿を見たい。
