本と映画と政治の批評
by thessalonike5
以前の記事
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
more...
最新のトラックバック
多層式夢幻能
from NY多層金魚 = Conce..
「新しい翼」Neue F..
from NY多層金魚 = Conce..
「新しい翼」Neue F..
from NY多層金魚 = Conce..
ストロベリー・リポート ..
from NY多層金魚 = Conce..
ストロベリー・リポート ..
from NY多層金魚 = Conce..
秘密保護法 マスコミ(特..
from 聴く 見る 読む 考える
タネたちは故郷をめざす ..
from NY多層金魚 = Conce..
安重根
from 聴く 見る 読む 考える
走って逃げよう! 原発か..
from NY多層金魚 = Conce..
走って逃げよう! 原発か..
from NY多層金魚 = Conce..
空間絵画としてのル・コル..
from NY多層金魚 = Conce..
そして12年目の9月11..
from NY多層金魚 = Conce..
わたしもベルリンオリンピ..
from 御言葉をください2
イスラエル化してゆく日本
from 聴く 見る 読む 考える
花はどこヘ行った + ..
from NY多層金魚 = Conce..
「ナチス改憲」失言、麻生..
from 酒井徹日記―平和・人権・民主..
洪水からの目醒め(5)ド..
from NY金魚
密猟者が 発電所跡で秘宝..
from NY金魚
アンドロイドは遺伝子組み..
from NY多層金魚 = Conce..
アンドロイドは遺伝子組み..
from NY多層金魚 = Conce..
アクセス数とメール


since 2004.9.1

ご意見・ご感想





S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
access countベキコ
since 2004.9.1


















反中プロパガンダの社会体制 - リップマンの「擬似環境」とネット
b0090336_14434017.jpg辺見庸の6年前の北朝鮮拉致問題に関するマスコミ批判を読み返して、あらためて正鵠を射た議論であると思うし、こうした批判をなぜ辺見庸だけが行って、他の人間からは誰も出て来なかったのか不思議に思われて仕方がない。マスコミの評論家はおろかアカデミーの学者からも一人も出なかった。逆に左派なりリベラルなりを看板にしている学者が精力的に「拉致問題の解決」に関与して「救う会」と共闘する姿があった。ほぼ同じ時期のイラク戦争への自衛隊派遣には9条護持の立場から強く反対しながら、拉致問題に対しては右翼と同じ制裁論で隊列を組んだ左翼が多かった。あるマスコミ文化人は、自身のHPでは辺見庸をしきりに持ち上げながら、テレビでは「救う会」のスポークスマンのように立ち回り、政府の弱腰を糾弾して北朝鮮に対する「さらなる圧力」を煽っていた。昼の顔と夜の顔が全く逆だった。辺見庸の拉致問題論には「救う会」だけでなく「家族会」への批判も射程に含まれている。



b0090336_14435445.jpgこの期に及んでも「家族会」と同じ立場で「北朝鮮への圧力による問題解決」を主張し続けている左派やリベラル派の頭の中が分からない。安倍晋三の指導に従って戦争を起こしたいのか。国際紛争を解決する手段として武力威嚇と武力行使を禁じた憲法9条をどう読むのだろうか。安倍晋三と「家族会」の対北朝鮮強硬政策に賛成しながら、同時に武力攻撃事態法やミサイル防衛配備には反対するという態度や判断は矛盾している。現在は、北朝鮮の問題は米国のヒルと中国外交部が預かる形で六カ国協議の共同管理に移管されているため、拉致問題を梃子にした日本の右翼外交の暴走は沈静化している。拉致問題が起きたときに「家族会」と軋轢を起こした福田首相がハト派外交に舵を切った影響もある。今後、ポスト福田で問題がどう転ぶのか予想はできないが、次の総理大臣が麻生太郎や小池百合子や安倍晋三や前原誠司なら、必ず「救う会」が前面に出て北朝鮮外交の主導権を奪還しようとするだろう。

b0090336_1444596.jpg私には二つ提案したいことがある。その一つは、2002年からの「北朝鮮拉致問題」の総体をアカデミーが共同研究することである。政治現象として社会現象としての「拉致問題」とは何だったのか、気鋭の学者を総動員して事実を検証し社会科学することだ。政治学者、社会心理学者、国際法学者、東アジア現代史研究者、軍事アナリスト、それらが集まって研究会を開き、討論と報告の成果を纏め上げることである。思想の科学研究会による『共同研究・転向』のような分析と研究の所産を残すことである。日本の社会科学がやらなければいけない問題であり、現代日本の自己対象化の課題である。外務省の実務交渉や新聞テレビの報道現場に指針を提供する必要がある。それは、当然ながら「拉致問題」の意味を問い直すことに繋がり、国民的なレベルで冷静に問題を考え直す契機となるものである。この問題について評論家の言葉は多かったが、社会科学者の言葉は少なかった。6年経って見えてくるものがあるはずで、科学と理性の光を照らせば新しいものが必ず見える。

b0090336_14441754.jpgもう一つは、3月から続く異常な反中プロパガンダの報道洪水の状況を、正しく「北朝鮮拉致問題」の再版現象として認識することである。同じ問題が発生して、それはこれから長く続き、政府の外交政策に影響を与え、防衛方針に影響を与え、教科書記述と社会科教育に影響を与え、そしてさらにマスコミ報道に影響を与えるのである。現在、マスコミによって中国は「悪の帝国」に仕立てられつつあり、日本のテレビ報道が中国政府の発表を紹介する場合は、必ず「裏に何か邪悪な意図が隠された」ものとして扱われ、「その真意は」と訝った見方で報道しなければならない「怪しい政治的情報」になっている。喩えるなら、瓶にドクロのマークが付いた「取扱注意」の「危険物薬品」のような存在になっている。公共放送であるNHKがそうした報道姿勢で固めている。中国政府の公式発表は北朝鮮政府の公式発表と同じような不審な性格づけが与えられ、どれほど両首脳が「戦略的互恵関係」を強調して握手しても、その握手は金正日と小泉純一郎の握手のように報じられ、意味のないパフォーマンスだと非難報道されるのだ。

b0090336_14443727.jpgチベット問題は完全に中国問題になった。チベット問題は中国叩きの手段に過ぎず、手段は何でもよいのである。ギョーザでもガス田でも鳥インフルでも二酸化炭素でも四川大地震でも。とにかく中国関係のニュースを報道するときは、それは「日本国民にとって悪いニュース」であり、不信と疑念を滲ませた口調で苦々しく紹介と解説をして、法廷で検事が被告人の犯行を論告するように糾弾姿勢で報道するのである。中国は日本に悪をもたらす存在で、北朝鮮と同じ疫病神の存在なのだ。そうしたあらゆるニュース素材を一面加工する冷戦環境が作られたこと、この反中プロパガンダの社会体制が北京五輪後も長期に続くことをわれわれは自覚しなくてはいけない。一過性のものにはならない。この反中プロパガンダの社会体制は右翼がずっと前から狙っていたものだ。外務省から「チャイナロビー」を抹殺すること、NHKの管制塔を推さえて親中派を潰しNHKから日中友好を一掃すること。チベット問題は右翼のコンベンショナルなプロパガンダ・テーマで、暇なときに流し続ける退屈なBGMだった。この「社会体制」はまさに新しいレジームなのである。

b0090336_14442715.jpgこの報道体制からシャワーされるプロパガンダが、まさにリップマンの「ステレオタイプ化したイメージ」で、個々の自我が作り上げる社会のイメージであるところの「擬似環境」に影響を与える。だが、「擬似環境」は上からのイデオロギーが何の抵抗もなくコピーされるものではなく、自我は周囲の「現実環境」からも影響を受けていて、個々の多様性を保持している。リップマンの時代と現代を較べて著しいのは、「現実環境」が「擬似環境」に与える影響力の弱さであり、地域や職場の集団が個々の自我に与える影響は際限なく小さくなり、マンガや雑誌が補完的影響力として入り込んで、テレビ報道(グランド・プロパガンダ)の影響力を修正したり補強したりしているのだろう。さらに言えば、現代において自我が「擬似環境」を形成する上できわめて重要な役割を担っているのは、他ならぬインターネットではあるまいか。個々がテレビ報道を見て、プロパガンダのシャワーを浴びて、それに対する共感や反発や疑問や、さまざまな反応を持ったとき、それを確認したり補正したりする「仮想的な現実環境」としてインターネットの世界があるように思われる。ブックマークされたBLOGやMixiは「擬似環境」に影響を与える日々の相談相手だ。

b0090336_14444822.jpgそのように考えると、「世論」におけるネットのBLOGやBBSの存在は決して小さなものではない。現在のように、テレビ報道が完全に政治権力と癒着して、プロパガンダ機関としての存在を殆ど開き直るように露にしている(田原総一朗とか)状況では、人が「社会イメージ」の多様性を求めるべく外部情報に接しようとすれば、ネットをブラウジングするしかない。それほどテレビ報道は画一的で斉一的で単純になっている。報道媒体としての知性が薄くなっている。例えば、いつも例に出して申し訳ないが、テレビ朝日のキャスターの古館伊知郎だが、画一的なプロパガンダを刷り込むラウド・スピーカーとして機能を評価したとき、確かに久米宏より上であるだろう。知性の厚みのある久米宏はプロパガンダ報道には慎重にならざるを得ない。それが人間の知性というものでもある。ABCのキャスターだったピーター・ジェニングスと古館伊知郎を比較しても差異が分かる。古館伊知郎のプロパガンダは、知性の高くないマスボリュームに対する報道コミュニケーションであり、知性の高くない層をさらに増やして厚くしようとする支配者側の戦略に沿ったものである。そこでの視聴者の「共感」や「好感」や「分かりやさすさ」は、古館伊知郎の「単純さ」に対してのものである。

そう、みのもんたや古館伊知郎は彼らにとって「下から目線」の人間なのだ。東国原英夫と同じく。今日もメールをlご紹介する。

【名前 : tombo  性別 : 男】

石原慎太郎に関する記事についてです。

私は都民ではありません。しかし、東京は日本の首都です。首都の行政責任者が、あのような挑発的で、無責任で、排外的な発言を繰り返すことに、私は深い絶望と羞恥心を覚えます。都知事は単なる東京の顔ではなく、日本の顔でもあるのです。

同時に私は、あのような人物を都知事に選ぶ(しかも一度ならず選ぶ)東京都民にも、絶望を感じています。ちょうど、「テロとの戦い」を繰り返すだけの米国大統領ブッシュに絶望すると同時に、そういう人物を大統領に選んだアメリカ国民に深い失望を感じたように、です。

しかし今、アメリカは新しい大統領を選ぼうとしています。結果がどうあれ、オバマの登場により、私はアメリカに再び希望を見出しました。アメリカには再生力があると。東京にはあるのでしょうか。いや、東京だけではない。日本にそれはあるのでしょうか。
b0090336_14445915.jpg

【世に倦む日日の百曲巡礼】

1987年の 森川由加里『SHOW ME』 を。

今週の流れとして必然的にこの曲に。TBSドラマ『男女7人秋物語』の主題歌。
このドラマの話を女の子たちが始めると、延々2時間くらい続いていた。
明石屋さんまと大竹しのぶの結婚のときは、ギャーッと声が上がったような。

イントロがバブルの時代に連れ戻すね。それだけだけど。
個性はあるけれど才能のある歌手じゃない。
70年代のアイドルのような心に残る魅力もない。



カバーガールズのオリジナル。これもたいしたことないね。
歌もダンスも弱い。
キャンディーズの方がずっと上だ。
やはり、あのカオマの強烈な 『ランバダ』 を見たあとは、何を見ても感動しないね。


[PR]
by thessalonike5 | 2008-05-23 23:30 | 震災とプロパガンダ
<< 近ごろ聞かなくなった言葉 (1... 昔のIndexに戻る チベット問題と北朝鮮拉致問題 ... >>