昨日(1/15)、神田の日本教育会館で「やっぱり必要!派遣法抜本改正」集会が開かれ、それに参加してきた。集まった人数は400名を超え、8階の会議室は満席で、立ち見や部屋の外に溢れる参加者も多くいた。TBSのカメラが入り、開始30分前から賑々しい雰囲気になっていた。この集会に、年末年始に大活躍した派遣村オールスターズが勢揃いしていて、これまで名前だけしか知らなかった者の顔を覚え、逆に顔だけしか知らなかった者の名前を覚えることができた。凄い集会で、一言で言えば、そこには新自由主義と対決する日本の最強の前衛集団が集結していた。新聞各紙が
記事で報じているけれど、記事で受ける印象よりも会場の熱気は高く、興奮と感動の2時間半だった。私は、若い
アーネスト・サトウが薩摩の革命志士たちを観察するように、派遣村運動の英雄たちの一人一人を目で追いかけていた。皆、元気だった。そして、マスコミに頻繁に出ているせいか、オーラが立っているような気配すら感じた。
黒づくめで細身の湯浅誠はいつも単独で歩いていて、そこに報道関係者が群れ集まり、いちだんと人目を惹く。冷静で表情を変えないマスクがカリスマ教祖的な雰囲気をさらに高め、次第に、嘗ての印象だった手弱女的な雰囲気を薄くして、眼光に鋭さが増し、発言するときの声量が上がり、力強くエネルギッシュになり、歴史を書き換える政治運動の指導者に相応しい人格に変貌した。
関根秀一郎の人物像は、やはり思ったとおりで、鬼軍曹そのもののアグレッシブな風体と押し出しで周囲を圧している。まさに革命の志士。昔、メーカーの販社にはこういう人間類型の鬼軍曹的な営業部長が必ずいて、部下に厳しいノルマを課してビシビシと尻を叩いていたものだ。司会は全国ユニオン会長の鴨桃代で、これも思ったとおりの人物像だった。苦労人の端正さと清楚さが魅力的な表情と言葉になってあらわれる。惹きつけられる。そして全日建運連帯労組書記長の小谷野毅。この人物は、名前よりも顔が先行して売れていて、今回初めて顔と名前が一致した。
年末のキャノンの大分工場の派遣切りで交渉の前面に出てキャノン側に詰め寄り、新年の財界3団体賀詞交換会で公開質問状を御手洗冨士夫に突きつけるべくニューオータニで激しい立ち回りを演じた人物。この白髪の男も個性的で面白い。髪は真っ白だが、年齢はまだ53歳と若い。労働問題全般と派遣切りの情勢について大量の知識と情報を持ち、口を開くと溢れるようにそれが飛び出して、どの話も興味がつきない。小谷野毅の話だけで2時間でも3時間で飽きない時間を埋められそうな気がする。昨日の集会の事務局でもあった。発言者たちから何度か言われたが、この集会には連合と全労連と全労協の労働3団体の幹部が一同に会していて、そういうことはこの20数年で初めてのことだと指摘されていた。昨日の集会の意義はそこにある。それは派遣村の運動によって実現されたものだった。この集会は案内から開催までの時間が短く、いわゆるショート・ノーティスの会議であり、告知を受けて参加した人は労組に関係する人が多かった。だからなおさら、3団体結集の意義で参加者は感慨を深くしていた。
正月に日比谷に顔を揃えた政治家も集まった。最初に会場に入ったのは民主党の菅直人代表代行で18時20分、次に18時30分に社民党の福島瑞穂党首が来て菅直人の横に座り、二人で何かを話していた。最後に共産党の志位和夫委員長が18時35分に遅刻して入った。気がつけば、右端に新党大地の鈴木宗男議員も座っていた。菅直人、志位和夫、福島瑞穂、この順番で挨拶があり、今国会での派遣法抜本改正と年度末までの緊急対策の必要を言い、各党まずまずの話だったが、政治家のスピーチの中で最も迫力があり印象的だったのは鈴木宗男の演説だった。この男がこれほど演説が上手だとは知らなかった。抜群のアジテーション能力。絵に描いたようなアジ演説で見事と言うほかなかった。鈴木宗男は、今度の派遣村に関して政府に質問主意書を出し、その原因は派遣法改悪の労働法制ではないかと問い質した経緯を語り、1月13日の閣議署名で政府の公式返答が出され、「今回の事態はサブプライムローンに端を発する金融危機の影響が日本経済に波及したもので、労働法制に起因するものではない」と書かれていた事実を暴露した。
「私のところは一人の政党ですから、国会で質問ができないので、こうやって質問主意書を出しているんです」。政府の閣議決定の文書通知が暴露されたときに会場は大きくどよめいた。「野党が一つに結束しなければならないんですよ」、「単に派遣法抜本改正だけでなく、雇用問題から麻生政権を攻めて衆議院の解散総選挙に持って行かなくちゃいけないんですよ」。そのとおりだ。国民が本当に望んでいる政治はそれだ。派遣村問題で可視化された日本の貧困の現実と、それを招請した自公政治の失敗の責任は、十分に解散総選挙に値するもので、選挙でその原因と責任が問われ、国民の審判が下されなければならない争点だと言える。派遣法改正の論議も、通常国会で政治家たちに任せるのではなく、選挙戦の中で国民が議論に参加して、選挙を前にした国民の意思で法改正の中身が決まった方がいい。少なくとも私の目から見た限りでは、鈴木宗男は派遣村問題でよく活躍している。演出も含めて、野党を一つに纏める努力をしている。昨日の鈴木宗男の演説は、まさに本来的な野党政治家の姿だった。あの凄味のあるアジ演説は今は誰もできない芸当だ。昔はそれをできる政治家が多くいた。
集会を思い出しながら、ぞれぞれの発言内容についてどれも内容が深く、できれば多くを細かく取り上げたいが、キリがなくなるので閉会直後のことを書きたい。私は政治家に派遣法改正の中身や計画について質問をしたかった。特に菅直人に対して質問をしたかったが、菅直人は集会の冒頭に一番手で挨拶をして、挨拶が終わるとそのまま席を立って会議室を後にした。自分の話だけして帰った。志位和夫も途中で退席した。これは興醒めだった。共産党の党首が姿を消すのは私には納得できない。最後まで残って閉会に立ち会ったのは、社民党の福島瑞穂と保坂展人と、共産党の目立たない女性参院議員だけだった。保坂議員は途中から議場に入ったようで、後半から前の議員席に座っていた。福島党首の前に進み、気がかりだった民主党との法改正共同提出の件を聴き質した。質問は2点、製造業派遣禁止の法改正の両党調整はその後どうなっているのか。野党で結束して法改正案の中身を決めるなら、そこに共産党を入れて協議した方がいいのではないか。福島瑞穂の回答は、意外にも官僚答弁そのものの冷淡さと粗雑さで、私を呆然とさせるものだった。回答の中身にも驚いたが、福島瑞穂の態度も、これまでの印象を完全に裏切るものだった。
私を見る福島瑞穂の視線は、テレビなどで見る笑顔の表情とは全く違うもので、あの人なつこさや親しみやすさは消え、人を見下した冷たい「上から目線」そのものだった。「お前のような一市民に偉そうに問い詰められる筋合いはない」とか、「あんただけに私の貴重な時間を取られるのはご免だ」とでも言いたげな顔だった。実際に、話の途中で、「他の人の質問も受けなきゃいけないから」と言い、会話を遮ってその場から離れようとして2、3歩踏み出した。だが、その場を離れても福島瑞穂に近づく人間は誰もなく、その場を離れたはずの福島瑞穂がまた踵を返してこちらに戻ってきて、私に向かって同じ主張を言い始めるという場面もあった。痛いところを衝かれ、論破されたと思ったのだろうか。福島瑞穂の回答は具体的にこういうものだった。「民主党との法改正の調整は、1月7日に菅さんと話し合った後は何も進展していない」、「共産党を入れたら民主党の中が破裂するのよ」、「3月いっぱいは国会は予算の審議なのよ、法案は審議できないの」。福島瑞穂から聞き出したのはその3点だった。私には、社民党の法改正の姿勢が本物でないことが伝わった。1月7日から1週間以上経っている。本気なら、毎日その件で両党の法改正協議をやっていてもよいはずだ。あの後何も動いてなかった。
「共産党を入れたら民主党が破裂するのよ」。覚えているだけで、福島瑞穂はその言葉を私の前で3度繰り返した。そう言って答えてやれば、こちらが頷いて引き下がると思ったのだろうか。社民党の支持者や、新聞記者や、労組関係者や、そういう政治の業界に近いプロの人間なら、その一言で納得するのかも知れない。だが、私は政治の世界とは無関係な一国民であり、派遣法改正にベストで最短の道を求めるだけの立場の者である。「福島さん、それは民主党の言い分じゃないですか、あなたが言うべきことじゃない」、「民主党の言い分を社民党の言い分にしてどうするんですか」。社民党というのは、野党第3党の少数政党で、位置的に右の民主党と左の共産党の中間にあり、両方を接着するべき立場にある。特に、この派遣法改正の政治においては、鈴木宗男が言ったとおり野党が一致結束することが絶対に大事で、派遣村の勢いを追い風にして野党統一の法改正案を纏めて政府与党に迫る必要がある。それは、できれば1999年の原則自由化の以前に戻すことであり、最低限の目標として2004年の製造業解禁以前の線に戻すことだろう。この線で民主、社民、共産の3党は合意できるはずで、少なくとも社民党がこの線を崩す妥協をして右へ寄ってはいけない。民主党右派の主張に引き摺られて立場を曖昧するなどあってはならない。
社民党が最優先で大事にすべきは派遣村側の要求であって、派遣村の立場に立脚して国会の法改正に臨まなければならず、財界に媚を売る民主党右派の立場や主張に配慮することは許されないはずだ。破裂すると脅すのは菅直人の言い分であり、脅しに乗らないためにも、脅しの作戦論法を崩すためにも、共産党を協議に入れるぞと逆に脅しをかけて、民主党の派遣法改正の党論を左に寄せる戦略戦術を駆使すべきではないか。強気に出なければならないはずだ。派遣村の追い風があれば、少なくとも派遣法改正に関しては社民党は民主党に強く出れるはずだ。「3月いっぱいは法案は何も審議できないのよ」と、福島瑞穂がそう言ったから、私はこう言い返した。「福島さん、私が言っているのは審議ではなくて協議ですよ。協議ならできるでしょう。予算の後ですぐに野党案を出せるように、今から全野党で協議すればいいじゃないですか」。「3月いっぱいは国会は予算案だけで法案は審議できない」と言えば、素人の人間は黙って引き下がると思ったのだろうか。恐らく、こういう機会に福島瑞穂に寄って来る無名の人間というのは、福島瑞穂を芸能人のように崇めてツーショットの写真を撮って喜ぶような俗物ばかりで、私のような人間の出現は彼女にとっては不具合で迷惑な現象だったのだろう。私は主権者である国民であり、国民代表である国会議員を監視する権利がある。
政治家には期待できない。会場を後にした私の率直な感想はそれだった。あの会場で、向かって左側にいた派遣村の面々こそ、国会で議席を持って立法をすべき人々だ。向かって右側にいた政治家たちは、政治業界で生きている政治タレントであり、頭の中は次の選挙で自分が当選することしかない。福島瑞穂が、菅直人の言い分をそのまま自分の言い分にしてしまうのは、次の選挙で民主党の支援がないと社民党の選挙区候補を当選させられないからである。派遣村より民主党のお家の事情の方が、福島瑞穂の政治判断にとっては大事なのだ。そんな社民党に民主党と共産党の接着剤を期待する方が無理なのであり、野党の要として一目置いて見る方が誤りというものだろう。昨日、派遣村の人々の勇姿と会場の熱気には本当に心強い思いがした。そして、政治家には心から失望をした。彼らは単なる業界人だ。マスコミを使って国民にパフォーマンスをする政治芸能人に過ぎない。コントラストな夜だった。しかし、あの幕末のときのような革命勢力は、どうやら今の日本に現実に生まれている。その認識を深くした。