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憲法25条のエキスパート出よ - 健康で文化的な生活の守護者
All people shall have the right to maintain the minimum standards of wholesome and cultured living. In all spheres of life, the State shall use its endeavors for the promotion and extension of social welfare and security, and of public health. このような条文が日本の憲法にあることを知り、現下の派遣切りと、切られた若者がそのままホームレスになって真冬の街を放浪している姿を見た外国人は、一体、どのような感想を抱くことだろう。この憲法は悪い冗談じゃないかと思うのではないか。テレビで毎日報道されている状況は、憲法25条で掲げられた人間の権利とあまりにかけ離れた世界であり、日本がこうした規定を憲法に持った国だとは到底思えず、このような先進的な条文を掲げながら、残飯を拾いあさって路上で生きている若者の現実を平気で見過ごしている日本人を理解しがたい存在だと思うことだろう。しかも、その国はGDP世界第2位の経済大国で、外貨準備高も世界第2位の金持ち国だ。

湯浅誠は一昨日(12/15)のNHKの放送で、「これは人の生き死にの問題だ」と言った。自動車だけで1万2千人の派遣工の首が切られ、年末の寒空の路上に、蓄えを持たない大量の失業者が放り出されている。生きて行くためには食べるものが必要で、それを店で買う金を持っていなければ、どこかで何かを探して手に入れなければならない。カラスのエサでも口に入れなければならない。彼らは難民なのであり、今日明日の命がかかった難民なのだ。しかも、外国人の難民ではなく、日本国が義務教育で育てて、日本国のために働いてもらうべき日本人の若者なのである。「死ねということなのか」と湯浅誠は言った。死ねということ以外の意味はない。日本政府は、10月にはグルジアに復興援助と称して200億円を拠出した。11月には国際通貨基金に10兆円を拠出した。5月にはアフリカ開発会議でアフリカ向けODAを倍増して1800億円を出すと約束もしている。そうやって世界中に大金をバラ撒いている日本政府が、国内の若者の難民対策に1円の金も出さないのはどういうことなのだろう。

不満なのは、誰も憲法25条のことを言わないことである。一昨日のNHKスペシャルのスタジオ討論でも、司会は無論、湯浅誠や神野直彦の口からも、憲法25条の言葉が出ることはなかった。派遣切りのニュースを伝えているテレビ報道のキャスターからも、国に早急な対策を求める主張は出ても、憲法25条という言葉が出ることはない。国会の討論でも、憲法25条を前面に立てて政府に雇用対策を迫る議員はいない。この国は本当に憲法を持った国なのか。日本人は本当に憲法の実在を信じているのか。国家の最高法規としての存在を認めているのか。9条以上に25条は無視され、蔑ろにされ、有名無実化され、空文化されている。失業者が路上で生活などすることのないように、そのような惨めな思いを国民がせずに済むように、国が国民の生活を保障するのが25条の規定ではないか。今の日本は、「嘗ては憲法を持っていたが、今は面倒なので持つのをやめてしまった国」だ。閣僚も議員も憲法25条の存在が念頭にない。厚労省の官僚も、杵築市以外の地方自治体も、そうした最高法規が行政を拘束しているという認識がない。

福井県の東尋坊では、11月に入って自殺防止のNPOが5人の元派遣社員を保護していて、うち3人が派遣切りによる生活苦を理由にした者だった。新聞記事には、「11月初めに保護した東北地方の20歳代男性は、派遣契約の更新を待たずに突然、契約解除を言い渡された。男性は『寮を追い出され、1日1500円のネット喫茶で寝泊まりしたり、友人宅へ転がり込んだりして凌いできたが、貯金も底をついた。もう限界』と涙を浮かべた」とある。胸が詰まる。本当なら、総理大臣が、国会の答弁か官邸の会見で、こう言えばそれでいいのだ。「大丈夫です。わが国には憲法25条があり、国民の健康で文化的な最低限度の生活を守るのは国の責務ですから、政府は全力を挙げて救済に動きます。どうか安心して、お近くのハローワークか自治体の窓口に相談に来て下さい」。地震や台風の災害のときは、票稼ぎや人気取りもあるのだろうけれど、首相や大臣や国会議員が、被災者に向かって似たような台詞を言うではないか。何で派遣切りのときは何も言わないのだ。何で派遣切りのときは、門脇英晴が出てきて、「グローバル経済の競争が激しいから仕方がない」で終わりになってしまうのか。

本人の責任ではなく、突然に家を失い財産を失うということでは、地震や台風の被災者も派遣切りの労働者も立場境遇は同じである。難民になり、国や自治体の支援がなければ生きていけなくなるのは同じだ。アフリカの難民を救うのも大事だが、金融破綻した弱小国を救うのも大事だろうが、まず国内で路頭に迷っている派遣切り被害者を救う方が先なのではないのか。東尋坊のNPOに手を煩わせないように対策するのが先なのではないのか。新宿のカラスの餌にまで人間が手を付けなくてもいいようにするのが政府の仕事なのではないのか。国庫にカネがあるのなら、まず国内の難民の命を助けることに使うのが当然なのではないのか。御用学者が言うように、どれほど憲法25条がプログラム規定であり、国民の具体的権利を定めたものではないと言い張っても、まさか新宿のゴミ袋の中の食べ残しで1日1回の食事をさせ、寒い地下通路で睡眠させる生活を、国が「健康で文化的な生活」を保障している状態だとは言えまい。たった一言、総理大臣が「大丈夫です、安心して下さい」と、そう言えば、元派遣の若者たちが東尋坊の断崖から海に飛び降りることはなくなるのである。IMFに10兆円も出すくらいだから、国には十分に対策に回せる資金はあるのだ。

湯浅誠は、10/14の朝日新聞の記事の中で、貧困問題について専門の研究者がもっと論壇でメッセージを発信しないといけないと言っていた。全く同感だ。今年になって、これほどマスコミで貧困問題が頻繁に大きく取り上げられる時代になっても、アカデミーの中から誰も人が出て来ない。私は、昨年の大晦日のブログの記事で、前日にテレビで報道された「貧困の問題を考える研究会」の結成のニュースについて触れ、知識人たちが立ち上がって、「25条の会」を結成してくれることを望んだ。それが昨年の記事のラスト・メッセージだった。それから1年、岩田正美が立ち上げた研究会は2月にHPを開設したが、単に定例会開催の情報だけが載っていて、具体的な研究内容は公開されていない。40名の研究者が内輪で細々と何かやっているだけのようであり、広く市民に訴えて世論を興したり、政治を動かしたりする性格や目的のものではないようである。失望させられた。大学教授の身分の人間がやらなくて誰がやるのか。最も安定した身分保障を持ち、権威と影響力のある社会的立場を持ち、実名で自由に発言できる条件を持った人間が発言せずに、一体誰がこの問題を提起して政治を動かすのか。日本のアカデミーの人々の無神経と無責任と不作為に呆れる思いがする。

特に、憲法学のところで、25条のエキスパートはいないのだろうか。憲法25条なら俺に任せろという学者は出て来ないのだろうか。憲法学者と言うと、樋口陽一を始めとして何人か左派の面々が思い浮かぶが、憲法9条の顔はいても憲法25条で固有名詞が出て来ない。これだけ憲法25条の問題が深刻で、言わば社会的需要があるときに、アカデミーから理論の提供者が出て来ないのは不審に感じる。そういう人間が出てくれば、国会討論やニュース報道も少しは違ってくるのである。憲法25条から問題を考える人間が増え、現行の法制度や行政事務や政府高官の発言がこれでいいのかという問題になるのである。社会保障についての国家の最高法規の何たるかを意識せざるを得なくなるのであり、社会保障費を削りながら防衛費を増やしている本末転倒(憲法違反)が明かになるのだ。それを直言するのが専門家である学者の仕事である。どれほど市井の人間がネットで声を上げても、保守が多数を占めてマスコミの正論を牛耳っている現在の日本では、それは「一部の左翼」の声としか扱われず、異端の主張としか認められない。この貧困問題については、社会学とか経済学の人間よりも、むしろ必要なのは公法系の論客で、優秀な憲法・労働法・行政法の学者こそ一刻も早く登場して活躍して欲しい。

それは法に抵触する行為だと、御手洗冨士夫や門脇英晴や舛添要一に法律論で説明する人間が必要なのである。


by thessalonike5 | 2008-12-17 23:30 | 新自由主義と反貧困 | Trackback | Comments(14)
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Commented by ぶじこれきにん at 2008-12-17 15:38 x
湯浅の反貧困を読んだ。湯浅自身憲法25条と9条のリンクする活動が戦争の道を止める事につながる。筆者も同感だ。
 憲法空洞化は25条に顕著に現れている。9条を守れ抱けではなく、25条を守れと運動の側、護憲政党の側が声を上げて武器にして、経営側、行政、与党にせまるべきなのだ。
Commented by ぶじこれきにん at 2008-12-17 15:44 x
以前ギャラリーカフェのママが私にこう言った。外国に金をばら撒く暇があるならホームレスなど困った人に金を出すべきだと・・・・・・。
 ママの言うことは正論である。日本の政策当局者に欠けているのは思いやりであり、想像力である。
Commented by tempho at 2008-12-17 16:11 x
日本国憲法の規定を受けて労働基準法第1条に「労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」とあります。政府、政策担当者、企業,その他すべての関係者は己のやるべきことをすぐすべきです。
Commented by 荻原 理 at 2008-12-17 16:55 x
現状の国会では、「ほぼ全員」が「憲法変更派」で、9条どころか、25
条を蔑ろにするのは、必然なのでしょう。今更、「25条に基づいた政策
を実行しろ」と言うと、「憲法変更の側に居た人じゃなかったの?」と反論
されて、おしまいになっているのではないかと、思います。

一方で、議員報酬の削減を唱えると、「憲法による財産権の侵害」と
言う図々しい返事が返って来ます。馬鹿馬鹿しい・・・。

Commented at 2008-12-18 04:09 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by takumi at 2008-12-18 08:28 x
外国にカネをばらまくのも、その貧困を救済するためだけではなく、その裏にある資源や市場が目的なわけですから、結局は企業側の論理にしたがってカネをばら撒いてるだけなのですね。

なんのことはない、昔は「お国のために死になさい」といっていた思想が、今は「経営者さまのために死になさい」に変わっただけなのでしょう。
Commented by micky_oo at 2008-12-18 13:14
自国民を人として顧みる事が出来なくなった国家で人間がどんな行為を犯すのか?既にその兆候が顕われているだけに恐ろしいと同時に国の無策への憤りを感じます。
Commented by むーみん at 2008-12-19 11:22 x
Nスペにおける「憲法25条」の件、事前に制作サイドから(湯浅氏などに)要請があったと考えるのは早計だろうか?
「今回のテーマは憲法ではありませんので、(憲法に関する)発言はお控えください」といったニュアンスで。
Commented by ABCD包囲網 at 2008-12-19 23:45 x

米国もゼロ金利政策になってきました。そして、米国在住者のカード金利が、いきなり16.99%に引き上げられました。ブログ主さんが言われるように、まさに、日本がバブル崩壊後に「国民の無償の労働力によって回復させてきた」方法を米国もそっくりまねしているように思えます。

ここで、一つお願いなのですが、このブログで一つ言葉を流行らせてもらえませんか。それは、「便乗切り捨て」という言葉です。

つまり、米国発の金融危機によって、新自由主義者や経団連は、「本当は前々から切りたいものをこれを口実に切れるようになった」ということです。元々、派遣労働者や低所得者、福祉は切りたかったのです。「便乗値上げ」という言葉はありますが、今回の金融危機に便乗して、切りかったものをやっと切れて「清々している」というのが、彼らの内心なのではないでしょうか。

Commented by ABCD包囲網 at 2008-12-19 23:58 x

彼らは、過去を学ばないので、ブログ主さんが主張されている戦後の日本が成し遂げた「全体の経済発展」の展望が持てないのです。つまり、底辺にいる人々を底上げすることにより、より豊かになるという発想がまったくないのです。単に、「切り捨てれば自分が楽になる」という短視眼的な考え方しかできないのです。格差が広がれば広がるだけ、社会は不安定になって、豊かにはならないことを未だに理解できていないのです。彼らは、このまま日本売りして最後は米国の市民権でも得て、余生を送るつもりなのでしょうか。

Commented by ABCD包囲網 at 2008-12-20 00:09 x

今年の一文字は「危」にならなくて、「変」になってブログ主さんは残念がっているでしょうか。それとも的を得ていると考えているでしょうか。どうみても、現在の日本は充分「変」な社会だと思います。「変化」ではないと思います。

Commented by ABCD包囲網 at 2008-12-20 00:13 x
日本売りされた鉄道から昔は花形であった寝台列車が来年の3月でなくなるとのことです。日本売りされるということは、こういうことだと思います。

Commented by IZUNA at 2008-12-23 16:49 x
 こりもせず 渡辺・塩崎などの「新自由主義者」がヒステリックに叫んでいる。「公務員改革」その象徴として「わたしの仕事館」=「雇用促進事業団をなくせ!」マスコミが増悪を増幅する。
 もとより「わたしの仕事館」は擁護できるものではない。
しかしこの事業団の本流は 失業者の再教育である。全国に点在するポリテクセンターは 6ヶ月間 失業手当の給付を受けながら (その多くは中高年失業者であるがゆえに 初めて)スパナや溶接機やカンナをもって 家族のために就職しようとして汗を流している。すなわち セフテェイネットとして その役割は 決して小さくはない。

 高級官僚の天下りを保障する 公務員限定職安
 農民が望まない農水省の「土地改良」 需要予測を水増しして作ったダムや道路 
 そして「労働者派遣法」改悪の結果 つくられた「労働難民」
 これらに 踏み込まない「新自由主義」 私的経済利益と私的政治利益の一致にある。
政治の目的は 憲法25条(「健康で文化的な生活の保障」)にある。いま派遣切りセフテェイネットの構築は急務である。同様にポリテクセンターなどの現行セフテェイの破壊を許してはならない。
Commented by 首相ごっこして遊びましょ」麻生 at 2008-12-23 20:21 x
「労働者派遣法」改悪の結果「労働難民」が作られました。
全くそのとおりです。
労働基準法第1条「労働条件は人たるに値する生活を
営むための必要を充たすものでなければならない。」
労働基準法は派遣社員を対象にしていないのでしょうか。
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